ラーメン屋さんと男の子3

1999/6/21UP

(解説)
同じイラストを使い廻すという趣旨の元に第3段。
男の子のイメージとしては『妖精』を目指しました。
そうはなりませんでした。
『子供を食い物にする親』を描いて見ましたが、
こんなのは親でも人間でもないですね。
ちなみに主人公が『ホモ』だと明言した最初の作品です。




 その男の子に陰のある感じは全くなかった。
 
 十二、三歳の男の子がひとりでこんな場末のラーメン屋に
 入ること事態が珍しい。
 
 普通はスーパーの一階か最上階にあるラーメン屋なんかに
 入るものだ。

 珍しいとは言っても月に何人かは、ひとりだけの小さなお客は
 やってくる。
 
 が、彼らには共通していることがある。
 
 ワクワクしているかビクビクしているかの違いはあるが皆一様に
 後ろめたいことをしているような雰囲気、陰のようなもの感じられる。
 
 この陰が取れるのは年齢の針が小学生側よりも高校生側に振れる
 必要がある。
 
 しかしそうなると、僕の対象年齢から外れる……いや何でも無い。
 
 年齢の割には落ち着き払った態度。
 
 それでいて時折、テレビ画面に反応して見せる笑顔は少年のそれ
 ではなく、男の子と呼ばれるべき年齢のものだ。
 
 僕たちふたりしかいないガラガラの店内で僕の視線は直純に
 引き付けられていった。
 
 そう、僕は男の子の名前を知っている。
 
 その偶然が彼を見詰める原因でもあったのだ。
 

 僕がどうやってそのCD―ROMを入手したかについては
 勘弁して欲しい。
 
 ただ、その手の趣味の者たちに出回っている裏物だと思って
 もらえばいい。
 
 本体の冷却ファンとCDドライブが微かな唸りをあげる中、
 ディスプレイに開かれた窓の中で、その男の子は複数の
 顔の見えない男達に弄ばれていた。
 
 ストーリーは単純だった。
 
 いや、ストーリーと呼べる代物ですらなかった。
 
 短い半ズボンのジーンズにゲームキャラのTシャツを着た男の子が
 三角座りをしている。
 
 部屋にあるものは薄汚れた壁と男の子の視線の先のテレビだけ。
 
 そこへマッチョな裸の男が三人乱入して来る。
 
 そして服を脱がせて素っ裸にすると股を開かせてカメラにまだ幼い
 男の子の持ち物をアップにさせる。
 
 男の子が自分で摩擦し始める。
 
 勃起していく過程が目で追える。
 
 充分に勃起すると後ろの穴を攻められてフィニッシュ。
 
 そんな五分程度の映像だった。

『この子、絶対に喜んでやってるよ』

 これを見た者の大半はそう言った。

 それんは僕も同意見だった。

 だが、このCD―ROMが話題となった部分はそこではない。

 最後にインポーズされたテロップだ。

 『この子『直純』が御入用の方は三万円からご相談に応じます』

 そして携帯電話の番号。

 その番号は既に使われていなかった。
 
 僕の知る限りでは誰も連絡に成功していない。
 
 これが今年に入ってから撮影されたものであることは間違い
 なかった。
 
 彼の着ているTシャツのゲームは今年になってから発売された
 ものだからだ。


 僕は店内に誰もいないことを何度も確認した。

 時計を見る。
 
次の客が来るまでには時間がありそうだ。

「……君、直純くん?」

 すると、直純はニッコリと笑った。

「お客さん?ぼくは一晩三万円だよ」

 ちょっと信じられない言葉だった。

 やはりこの子はそれを商売にしているのだ。

「今晩?」

「……ああ」

「お店二時までだよね。じゃあその頃にコッソリ来るから。
 ……ラーメン代は手付の代わりね」
 
 そう言い残すと彼は立ち去った。
 
 呆然とする僕を残して。

 それから閉店まではソワソワして落ち着かなかった。
 
 自分が極悪人になったような…至福の時が待っているような……
 
 例えていうならソープランドで順番を待っているような感じだった。
 
 僕が、のれんを片付けるのと殆ど同時に直純は現れた。

「お待たせ」

 天使の微笑を見せる。いや悪魔の薄ら笑いなのかもしれない。

「じゃあ行こうか」

 直純は僕の返事を訊かずにテクテクと歩き始める。

 僅か五分で着いた先は安アパートだった。

 住民が住んでいるのかどうかも怪しい傾いた建物である。

 暗がりにひっそりと佇んでいるそれはお化け屋敷としての
 風情さえあった。

「ここの三号室」
 
 そこはガランとした部屋で布団以外に物らしい物が無かった。
 
 本当にここで人間が生活しているのか?

「……ここに住んでるの?」

「ううん。ここは仕事の為に借りてるんだ」

 ああ、やっぱり直純はプロなんだ。

「じゃあさ、始めようよ。どんなことしたいの?」

 僕の頭の中で何かが弾け飛んだ。

 自分でも自分の行動が信じられなかった。

 僕は直純のズボンとパンツを一気に引き下ろすと思いっきりお尻を
 引っ叩いていた。
 
 ぱっしいーん、ぱっしいーん、ぱっしいーん、ぱっしいーん……
 
 どれぐらい叩いたのだろう。
 
 我に返ると目の前に真っ赤に腫れ上がったお尻と泣きじゃくる
 男の子の姿があった。

「ひ、酷いよ。いきなりこんなことするなんて…料金上乗せするからね」
 
僕は直純のほっぺたを張り飛ばした。

「いい加減にしろ!
 君は自分が何をやっているのか分かっているのか?」

 直純は信じられない物を見るような目で僕を見詰めた。

 僕は財布を放り出すと逃げるようにして、本当に逃げたんだが、
 家に帰った。
 
 次の日は自分でも何をしているのかよく分からなかった。
 
 ぼーっとして気が付くと午後だった。
 
 昨日、直純が現れた時間だ。
 
 僕は幻を見ているのかと思った。
 
 昨日と同じ場所に直純はチョコンと座っていた。

「……どうして?」

 直純はニッコリと笑って僕の財布を差し出した。

「こんなに貰えないよ。それに昨日のラーメン代払ってないから」

 ポケットからゴソゴソと百円玉と十円玉を取り出して。ラーメン代の
 分だけカウンターに並べる。

 十円玉の方が多かった。

「……あの今晩空いてるんだ」

 そう小声で言い残すと駆け足で立ち去ってしまった。

 財布を確認すると一円も減っていなかった。


 僕はダメな人間だ。
 
 誘惑を断ち切れずフラフラと例のアパートまで歩いてきてしまった。
 
 トントン。
 
 三号室の扉を叩く。
 
 直純が笑顔で僕を招き入れる。

「……昨日はビックリしちゃった。…怒られたことなんかなかったから。
 ぼく、自分がやってることが悪いことだって分かってる。でも誰も悪い
 ことだって教えてくれなかったんだ。お金を持って帰るとお父さんが誉
 めてくれるし、ぼくが働かないと暮らしていけないし……」
 
 僕は直純を抱きしめた。

「知ってるんでしょ?ぼくは、汚れちゃってるんだよ。……もうどうしよう
 もないぐらいに」

 いや、まだ汚れていない部分だってある筈だ。

 だが僕はそれを言ってやることが出来なかった。

「……ここから先は、ぼくが勝手にやるんだから黙って見ていて」

 直純はそう言うと剃刀を取り出した。

 自殺?

 一瞬、そんな恐ろしい考えが頭を掠める。

 だが違っていた。

 履いていたブリーフを脱ぎ捨てると産毛のように生えている物を
 剃り始めた。

「な、何を?」

「黙って見ている約束だよ。ぼく、見てもらうと嬉しいんだ。剃らせてくれ
 っていう客もいるし」
 
 よく見ると剃刀で傷付けたような細かい傷跡が幾つかあった。
 
 実際には耳に聞こえないショリショリという音が聞こえてくる。
 
 僕の股間には始めて生えてきた物を格好悪いと思って剃ってしまった
 中学の頃のチクチクとしたイヤな感触の想い出が蘇ってきた。

 直純は確かに興奮している。

 荒い息使いが聞こえてくる。

 制止しようにも彼の大事な部分に致命的な傷を与える事になりそうで
 本当に見ていることしかできない。

「ぼくはこういう子なんだ。男に見られて興奮する変態なんだよ」

 僕はその後の行為を正視することが出来なかった。

 直純は僕の目の前でオナニーを始めたのだ。

 やめてくれ。

 僕は心の中で叫びながら固く目を閉ざした。

 そして気が付くと直純のお尻を引っ叩いていた。

 僕は昨日と同じように逃げ帰った。


 それからも何度か直純は店に姿を現した。
 
 だが、いつも他の客がいた。
 
 僕の顔を眺めては他人には見られないようにニッコリと笑う。
 
 コッソリと手を振って来たりすることもある。
 
 まるで、恋人のバイト先に現れる女子高生のようだ。
 
 カワイイ顔をした彼にチョッカイを出してからかいの言葉をかける客も
 何人かいる。

 直純は無邪気な笑顔でそれをあしらう。

 とても、あんな商売をして暮らしているとは思えない。

「ほら、あの子でしょ」

 一組の客が直純の背中を見送ると噂話を始めた。

 僕はドキンと胸が高鳴った。

「お母さんがいなくて、お父さんが女のヒモって子でしょ?」

「可哀相に、安アパートを転々としていて、もう何度も引っ越したって話よ」

「ヤクザが借金の取り立てに来るって話ね」

「まだ小学生なのに怒鳴って追い返すって話よ」

「家庭訪問に行った先生が、あまりにも何にも無いんで同情して
 お弁当を買って行ったら『ぼくは乞食じゃありません』って断った
 らしいわよ」

「どうやって暮らしてるのかしら」

「さあ、父親も月に何回かしか家に帰って来ないって話だし」

 その後もそんな噂話は何度も聞いた。

 だが不思議なことに直純の商売に関しての噂は聞かなかった。

 共通していたのは『父親がロクデナシで可哀相だけど、しっかりと
 した子』ということだった。

 僕は心の片隅に直純への想いを引き摺りながら忙しい日常を暮らし
 ていた。

 向こうは僕のことを何だと思っているのだろうか。

 一度成らず、酷い目に遭わせたのに嫌われていないらしいことぐらい
 しか、分からない。

 親父は僕の気持ちを知る筈もなくお見合いの話を次々と探ししてくる。

 だが、僕は女を抱けない。

 嫁の顔も孫の顔も見せることができないだろう。

 親不孝だと思うがどうしようもない。偽装結婚だけはしたくない。


「お兄さん……」
 
 その日の直純は店に飛び込んでくると泣きそうな顔で僕の顔を見た。

「ごめんなさい……」
 
 そして駆け足で去って行った。
 
 何だったんだ?いったい。
 
 僕が答えを知ったのは直後に現れた客の話を聞いた時だった。

「なあ、今の子の父親、死んだんだってな」

「え?」

「昨日の夜に、工場の壁に車が激突して即死だって」

「じゃあ夜中に救急車の音がしたのはそれか……」

「それがさ、運転してたのは女で愛人だったらしいんだけどそっちも
 即死だってよ。何でも思いっきり酔ってたらしくて……問題はその後。
 後部座席に男の子が乗ってて、死ぬ瞬間を見ちまったらしいんだ」

「まさか、今の子……」

「違う違う、今の子の腹違いの弟らしいんだよ」

 僕は、のれんを片付けた。

「おいおい、どうしたんだよ」

「すいません。あの子ちょっと知り合いなんです」

 僕は安アパートの三号室に掛けつけた。


 やはり彼はその何も無いアパートで生活していた。

 仕事の為に借りているというのは精一杯の見栄だったのだ。

「……お兄さん。来てくれたんだ」

 直純が僕を迎え入れた。

 さすがに笑ってはいなかった。

 部屋の中は前に入った時と同じでガランとして殆ど何もなかった。

 ただ、男の子は二人に増えていた。

「弟の直哉です」

 ペコリと無言で頭を下げた男の子は7、8歳に見えた。

「まだ怯えてるんです。目の前で人が死ぬところを見ちゃったし、
 ぼくも今朝、会ったばかりだし……」

「お父さんと……お母さんの遺体は?」

「病院の先生と相談したんですけど、お葬式を出すお金が無いんです。
 だから向こうで処分してもらうことになりました」

「……そうか」

「お兄さん、ロクに話も出来なかったけど……お別れです」

 直純はそう言って涙ぐんだ。

「ぼく、あれからあの商売は辞めました。お兄さんが怒ってくれたから
 …お父さんは随分怒ったけど、ミツエさん、直哉のお母さんは分かっ
 てくれて、生活を援助してくれてたんです…警察の人とも話をしたん
 ですけど孤児院に行くしかないだろうって……だからもうお別れです」

 僕と直純は長い間、無言で見詰め合った。

 そう僕たちは何の関係もない。

 知り合いとも呼べない間柄なのだ。

 僕たちはお互いにホモだ。

 しかも引かれ合っている。

 だが、結ばれることは永遠にないのだ。

 僕がそうしてしまったから。

 そうしてしまった僕を直純は好きになってくれたのだから。


 僕は親父に嫁さんを見せてやることはできなかった。

 しかし孫を2人作ってやることはできたようだ。

 僕は勝手なことに直純と直哉が女の子の恋人を連れてくる日を
 楽しみにしている。

  

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