ラーメン屋さんと男の子4
1999/7/21UP
(解説)
同じイラストを使い廻すという趣旨の元に第4段。
男の子のイメージは『悪い子』
何気に賛同者の多かった作品。
僕が、その男の子を見詰めていたのは別にやましい気持ちがあったからじゃない。
平日の昼間にマズくはないがウマいとも言い難い場末のラーメン屋に12、3歳にしか
見えない子供が一人で居るのを妙に思ったからだ。
学校はどうしたんだろうか?
家出か?
それにしては荷物のひとつも持っていない。
その子は僕と視線が合うと、さっと目をそらしてちょっと困ったような表情になった。
ガラガラガラッ。
一人の客が扉を開けて入ってくるのと同時だった。
男の子は一目散に走り始めた。
食い逃げ!
ラーメン屋を始めて以来、始めての経験だった。
ドン。
男の子は店に入ろうとしていた常連客の佐藤さんにぶつかると、拍子抜けする
ぐらいアッサリと取り押さえられた。
こんな可愛い顔をした男の子が、食い逃げなんてことをしようとしたこともショック
だったが、どういう対応をしていいのか分からなかった。
僕に代わって、その場を取り仕切ったのは、その子を捕まえてくれた常連客の
佐藤さんだった。
「この子は、お金が無くってこんなことをしたんじゃない。スリルを味わいたかった
だけなんだ、万引きと同じで一度許すと癖になる」
そう言って、まず警察に電話を入れた。
親や先生を先にすると結果的に甘やかすことになるからダメなのだそうだ。
それに警察は、その子が何も言わなくても連絡することができる。
そう、その子は下を向いているばかりで何も口にしようとしなかった。ただ
黙ってそこに座っているだけだった。
飼い猫が、放っておいてくれってスネていても構ってもらいたがっているような…
ちょっと妙な感じがした。
「また、君か」
通報で掛け付けたお巡りさんは、男の子の顔を見るなり叫んだ。
「またって?食い逃げの常習犯なんですか?」
と僕は尋ねた。
「食い逃げは始めてだけどね、万引きの常習犯なんだよ」
改めて顔を見詰める。へえ、万引きなんてもっと如何にも不良ですって感じの子が
するものだと思ってた。
「だから、俺が言っただろ!こういう子は一度、酷い目に逢わせて懲りさせないと
何度でも同じことをするんだよ」
と佐藤さんが拳を振り上げた。
「ちょっと待ってくださいよ、警官の目の前で暴力は困ります」
「そんなこと言ってるからダメなんだよ、子供の権利か何かしらないが躾もロクにしないから、
こんな子になるんだ。どうせ親は『あんたは何も悪くないのよ、世の中が悪いだからね』とか
『うちの子は、本当はいい子なんです』とか言って手のひとつもあげたことのないような奴なんだろうが」
半分、通りすがりに過ぎない佐藤さんは自分の店のことのように怒っていた。
後で聞いたら昔、万引き犯をかばってやったのに次の日にまた万引きされたことがあるらしい。
「言いたいことは分かりますが、親を呼びますんでちょっと待ってください」
お巡りさんは必死に佐藤さんをなだめる。本当に殴られたら責任問題に発展するのかもしれない。
「親って、このガキの名前とか知ってるのか?」
「ええ、あきつきなおずみって言って、その辺のスーパーやコンビニじゃあ、知らない人はいません。
親もちょっとアレだし…」
アレな親?
どういう意味だろう?
その疑問は、その子、秋月直純の母親が現れた瞬間に明かになった。
彼女は、いきなり一万円札を投げるようにしてよこすと物も言わないで直純の手を引いて
帰ろうとしたのだ。
これには佐藤さんも僕も呆気に取られた。
「ちょっと待てよ」
「何ですか、お金なら払ったでしょ?お釣りなんかいいですから」
「そういうことを言ってるんじゃねえ!」
「もっと欲しいってことですか?」
「てめえ、俺をバカにしてんのか!」
「大体、あなた、店の人じゃないでしょ。口を出す資格なんかなくってよ」
「なんだと!!」
佐藤さんと母親は殴り合いを始めそうになった。
「まあまあ…」
僕は間に割って入った。
チラリと直純を見たが、殆ど他人事のように眺めている。
「お金の問題じゃなくってですね…なんというのか…直純くんでしたか…に謝って欲しいんですけど…」
「直純は可哀想な子なんですよ。病弱で二十歳まで生きられないかもしれない体なんです!
だから何でも好きなことをする権利があるんです。そんな子に頭を下げさせようだなんて…」
そうか。
この母親は、直純を可哀想だと思うあまりに甘やかし過ぎて、おかしくなってるんだ。
何を言っても無駄だと思った僕は積極的な行動に出ることにした。
パシッ!
母親の横に無防備に突っ立っていた直純の頬を思いっきり引っ叩く。
直純はポカンとしていたが、頬が赤く染まって行くにつれて大粒の涙を浮かべた。
「何をするんですか!」
母親が猛然と抗議を始める。
「食い逃げをされた店として当然の権利を行使しただけです」
小さい頃、店の餃子をつまみ食いして兄貴に同じことをされた記憶がある。
「でも、この子は…」
僕は黙ってズボンの右足を捲り上げた。
「!!」
別に秘密にしている訳じゃないが、大抵の人は驚く。
僕の右足は義足なのだ。
「7歳の時に交通事故で切断しました、でも万引きをしたことはありません」
母親は、なおも何かを言いたそうに口をパクパクさせていたが結局、それ以上は
何も言えずに引き下がった。
「おーい、今度やったら、そんなもんじゃ済まさないからな」
僕は直純の後姿に向かって叫んだ。
振り返ると佐藤さんとお巡りさんがポカンとしていた。
7歳。
そう7歳の年に僕の人生は大きな転機を迎えた。
親父がこの場所にラーメン屋を開店したのもその年だった。
トラックが僕と兄貴を跳ね飛ばしたのもその年だった。
5つ年上の兄貴の命と僕の右足は無くなってしまった。
お兄ちゃんっ子だった僕は自分の右足が千切れ飛んでしまっていることも忘れて
兄貴を揺すって起こそうとした。
兄貴は、最後の瞬間に心配するなって笑顔を見せてくれた。
足のリハビリには1年以上も掛かった。
学年がひとつ下になったことと義足になったことで僕は孤立していった。
街で兄弟連れを見掛けると羨ましくて仕方がなかった。
母親に甘えることもできなかった。母は僕を産んで直ぐに亡くなっていたから。
親父は決して僕を甘やかしたりしなかった。
きっとここで甘やかしたらダメになると思ったのだろう。
そして中学に上がった頃、僕は一人の先輩に夢中になっていた。
どことなく兄貴に似ていた。
スポーツが得意で、友達が多くて…
僕が欲しい物を全部持っていた。
それに僕の足のことも気にしなかった。
バカにすることも同情することも珍しがることもなかった。
メガネと同じように個性のひとつとして考えてくれた。
その頃でもホモって言葉ぐらいは知っていた。
でも、先輩のことが好きでたまらなかった。
だから、嫌われることを承知で告白をした。
先輩は、気持ち悪がったりしなかった。
「ありがとう」
と一言だけ言って卒業していった。
その後は、学校で知り合った友達の多くと同じように会っていない。
高校では、何人かの女の子と付き合ったりしたがどれも上手くいかなかった。
僕の心の中にいるのは、兄貴と先輩だったからだ。
今の僕に女っ気がなくて、こっそりとショタコン本なんか読んでるのはその為だと思う。
直純か…
顔は可愛かった。
カテゴリーからすれば"悪い子"の部類だろう。
だが、表情は何処か寂しいそうで小さい頃の僕に似ていた。
僕が直純と再会したのは、2、3日後の深夜のことだった。
「…店は…終わったの?」
僕が店じまいをしている時に直純は入って来た。
おい、もう1時を回ってるぞ。
「…何時だと思ってるんだ、さっさと家に帰って寝ろ」
それを聞くと直純は手近にあった箸入れを掴んで走り出した。
入っていた割り箸がバラバラと零れ落ちる。
そして、どう見てもワザとそうしたとしか思えないのだが、店の敷居につまづいて転んだ。
「どうして、こんなことをするんだ?」
直純は起き上がりながら泣き声で言った。
「だって、食い逃げができなかったから…」
「今度やったら酷い目に遭わせるって言っただろ?」
「だって、だって…ぼくは悪い子なのにお母さんは怒ってくれないんだもん」
そう言って、わんわんと泣き始めた。
僕は直純をコッソリと部屋に連れて上がった。
いくらなんでも、この状態で家に返す訳にはいかないだろう。
「どういうことか説明してくれるかい?」
「…どうしてぼくに優しくするの?」
「えっ?」
「どうして悪い子だって怒ってくれないの?」
直純が何を言いたいのか少しだけ分かるような気がした。
この子には、兄貴も親父も先輩もいなかったのだ。
「それじゃ…」
僕は直純にズボンとパンツを脱ぐように命じた。
お仕置きの定番は、これだろう。
イタズラしたくなる衝動を押さえると足の上に抱きかかえるようにしてお尻
を引っ叩く。
まだ微かに青みの残るお尻が赤く染まって行く。
ひと叩き毎に苦悶のうめき声が聞こえる。
最後に股間に手を伸ばすと2、3回軽く擦ってやる。
さっきまでとは違った種類のうめき声が聞こえた。
が、そこでやめておいた。
危ない、危ない。
「さ、もうパンツ履いていいぞ」
そう言っても直純はモタモタしている。
ああ、そうか痛くてパンツが履けないんだ。
ちょっと調子に乗り過ぎた。
僕は直純のパンツを引き上げてやった。
そして同じ布団で眠った。
勿論、直純はうつ伏せだった。
すぐにでも母親が抗議に現れるかと思ったが現れなかった。
直純も現れなかった。
噂話に直純が入院したと聞いた。
そういえば、二十歳まで生きられないとか何とか言っていたけど、どういう
病気なんだろ。
僕は気になったが、直純の家は近所からも孤立していて情報が全く入らなかった。
直純はパラレルワールドの僕自身だったのかもしれない。
不幸とは一体なんだろう?
不便と不幸という言葉は混同されているような気がしてならない。
恐らく、直純に取ってすぐに入院するような病弱な自分と言うのは当たり前のことで、
その当たり前のことを当たり前として扱ってくれる"誰か"が欲しかったのだと思う。
ちょうど僕にとっての先輩のように。
「わっ!直純じゃないか」
僕がガラにもない瞑想にふけっている間に布団の中に直純が潜り込んでいた。
「鈍いんだね、ちっとも気が付かないんだもん」
「な、なんで…」
「退院したんで挨拶に来たのに、店を休んでるんだもん」
「そ、それは定休日だから」
「戸締りぐらいキチンとしなよ、裏の扉開いてたよ」
「それにしても…」
「僕は悪い子だから勝手に上がり込んじゃうよ」
「それじゃ、お仕置きしないとな」
僕がどんなお仕置きをしたのかは、言わない方がいいと思う。
ただ、この間は後ろを攻めたので今度は前を攻めてみた。
知ってる?
ヒモで結ぶと長持ちするんだよ。
「なあ、お前、昔は近所でも評判の良い子だったんだってな」
僕は布団の中で直純の頭を撫でながら言った。
「どこで聞いたの?そんなこと」
疲れた表情の直純が応える。
「どうして急に悪い子になったんだ?」
「…だって僕を見てくれないんだ、誰も…」
直純は黙ってしまった。
「ごめん、悪いこと訊いたな」
「ううん、いいんだ」
「特別扱いされて誰も遊んでくれなかったんだろ?目立つことをすれば遊んで
もらえるって思ったんだ」
「うん、でもそうはならなかった。良いことをしても悪いことをしても誰も、ぼくを
見てくれないんだ、眺めてるだけでさ…」
「よかったな」
「何が?」
「『病弱な直純』じゃなくてそれも含めた直純"を見てくれる人が欲しかったんだろ?
見付かったじゃないか」
「…サドはイヤだな」
「マゾの癖に…」
「なあ、卒業したらうちで働かないか?」
「…するとぼくの学歴って中卒?」
それからしばらくして一枚の写真を見付けた。
親父がここに店を構えた時の写真だ。
僕はそれを見てハッとした。
兄貴の顔は直純にソックリだったのだ。
そうか、それで…
でも…直純が兄貴なら、僕の方がお仕置きされてる方なのが自然だよな。
小さい頃は、よく叩かれたりしてたし…
「それってマジ?」
いつの間にか直純が立っていた。
え、声に出してた?
…ちょっとマズかったかな?
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