スクールふんどし

1999/07/09UP

  えーっ?!

 そんな話は始めて聞いたよー。

 学校の指定水着が『ふんどし』だなんて一体、いつの時代の話なんだよ。

 平成だぜ、平成、どっちかっていうと20世紀より21世紀の方が近いってのに。

 僕は正面のガラスに"晴朗小学校指定水着入荷"って張り紙のある洋服屋さんで

店員のおじさんが出してくれた赤いふんどしを前に苦悩していた。

 どうりで僕が水着を買いに行くって言ったらクラスの奴等がニヤニヤしてた訳だ。

 あいつら、知ってやがったんだ。

 …って当たり前か。1年の時からずっとそうなんだもんな。

「ビックリしたみたいだね」

 とおじさんは言った。

「浜田くんは転校生だからね。この町じゃ当たり前だけど転校して来た子は、大抵、
驚くんだ」

 僕が海辺の町にある晴朗小学校に転校して来たのは6年生の4月だった。

 前に住んでた町には海なんてなかった。

 コンクリートが黒く汚れた学校の古いプールと監視員がやかましくて泳ぐことの
できない市民プールがあるだけだった。

 だから、ずっと夏が来るのを楽しみにしてた。

「来週にはプール開きをするから、指定水着を持ってない人は角のヤマビシ屋で
購入しておくように」

 と先生が言った時は、物凄く嬉しくて家に帰るとお母さんにお金を貰って走って
ここまで買いに来た。

 でもまさか、『ふんどし』だとは思わなかった。

「昔からある学校だからね」
 聞きもしないのに、お
じさんは、ふんどしの由来について話してくれた。


 やたら長くて訳の分からない言葉が多かったけど、戦争が終わってすぐは水着を
買えない子供が多かったので、ふんどしになって、ずっと続いてるんだって。

 一年生から三年生までは黒いふんどしで(黒猫って言うらしい)で四年生から
六年生までは、赤いふんどしだ。

 赤いふんどしはサメに襲われた時に脱いで長く垂らすとサメは自分より長いもの
から逃げるからって説明してもらったけど、プールにサメなんかいない。

「締め方が分からないなら教えようか?」

 おじさんはそう言ってくれたけど、そんな恥ずかしいことできないよ。

 僕は逃げるようにして家に帰った。

 お母さんもふんどしを見てビックリしたみたいだった。


 …思えば、あの時に恥ずかしがらずに、おじさんに教わっておけばよかった。

 プール開きの日、僕は後悔していた。

 クラスの奴等は、腰にバスタオルを巻いて器用に、ふんどしに着替えて行く。

 なのに僕は、どうやっていいのか分からないのだ。

 パンツだけになってバスタオルを巻いたけど、キョロキョロと回りを見廻すこと
しかできないで途方に暮れていた。

 そんな時、教室のドアが開いて先生が入って来た。

 先生は普通の水着を着てパーカーを羽織っている。

 ちょっとズルイ。

「ごめん、ごめん遅くなった」

 教室のアチコチから笑いを含んだ声が挙がる。

「先生のエッチ」

「着替えをノゾキに来たんだろ」

「俺のでよければいつでも見せてあげるのに」

「教育委員会に訴えてやるから」

 先生は苦笑しながら、こう言った。

「ばーか、今年は浜田がいるだろ」

 ふいに自分の名前を出されて僕は、ちょっと焦った。

「浜田、ちょっと来い。…それから中西、お前まだ着替え終わってないな」

 先生は僕達を呼ぶとパンツを脱ぐように命じた。

「こら、恥ずかがるんじゃない。一年は恥ずかしがらなかったぞ」

 考えて見れば、ふんどしの締め方なんか教わらないと分からないから一年生の時に教わるんだろう。

 さっきやたらと騒がしかったのはそれでか。

 僕は恥ずかしいのを我慢してパンツを脱いだ。

「いいか、浜田。先生が中西に締めるから、よく見てるんだぞ」

 まず股の間に布を通して、あそこを上向きに包み込む。

 はみ出したりしないように広めに包み込むのがコツ。

 後はクルクルと腰に巻き付けて、最後にお尻の間にはさまった布の端をグイッと
引き上げる。

「イテッ」

 中西くんは、背筋を反らせて、お尻の穴の辺りを押さえ2、3歩前進した。

 ふと気が付くと、クラスの連中が、丸出しの僕を見てニヤニヤと笑っている。

 そうか。

 別に、ぼーっとして中西くんを見ている必要はなかったんだ。

 僕も同じように真似をすれば良かったんだ。

 その為に先生は、わざわざ中西くんをモデルにしてくれたのに。

 恥ずかしい。

 顔から火が出そうなぐらいに恥ずかしかった。

「浜田、今度だけだぞ。次までにちゃんと誰かに訊いて練習しておくんだぞ」

  先生は、僕を見て哀れに思ったのか、そう言いながら、ふんどしを締めてくれた。

 股に布を通す時、あそこに擦れてちょっとビクッとなった。
 
 あそこを包み込み時に、少し触れた先生の手の温もりにドキドキした。

 
 クルクルと廻って、最後にグイッと引き上げ時、お尻の穴にズドンとした衝撃が

走って思わず、前につんのめってしまった。
 
 プールに出て見ると、男子は全員ふんどし姿なので恥ずかしさは感じなかった。
 
 女子は見慣れたスクール水着なので、なんだか自分達だけがタイムスリップでも

したような変な気分がした。

「なあ、浜田。明日の日曜日に泳ぎに行かないか」
 
 中西くん達が誘いを掛けて来た。


「海開きも今日なんだぜ、お前、ふんどしを締められるようにして来いって先生に言

われてるだろ」

 こいつ等、学校の外でまで、ふんどしで泳ぐのか。

「うん、分かった。誰の家に何時?」

「俺んちが砂浜に一番近いから、俺んちに朝の10時ぐらい」

 と中西くんが言った。


「だから、そこはそうじゃないって…」

「その端をこっちに入れるんだ」

 昨日の一件で、ふんどしの締め方は大体マスターしたつもりだったのに、中西くん達の
教えてくれた締め方は少し違った。


 先生の教えてくれた方法より、ややこしいような気がする。

 僕がそのことを指摘すると

「なんだよ、俺がフルチンになってまで教えてやったのに忘れたのかよ」

 と文句を言われた。

  やっとこさ、締め方を覚えた。
 
 念の為にとみんなの目の前で三回も繰り返した。

 
 昨日は、あんなに恥ずかしかったのにニヤニヤとした視線で見られてもそんなに

恥ずかしくはなかった。むしろ嬉しいような変な気持ちだった。

 砂浜に出ると、僕達だけじゃなくて小学生は全員が、ふんどし姿だった。

 よかった。

 僕は安心して1年振りの海の感触を味わった。

 プールは昨日入ったけど、やっぱり海の方が気持ちいい。

 ふんどしの方が開放感がある。

 スースーして気持ちいいし…

 スースー?

 僕は慌てて下半身に手を伸ばした。

 脱げかけてる!

 何で?

 ちゃんと締めた筈なのに。

 僕の焦った表情を見て、中西くん達がニヤニヤと笑う。

「ごめんな、あの締め方はウソなんだよ。水に入ると解けちゃう締め方なんだ」

「悪く思うなよ。俺等も一年の時にやられたんだから」

「うちの小学校の伝統的なイタズラだから」

 冗談じゃない。

 一年生と六年生じゃ恥ずかしさの度合いが違う。

 一年坊主なんか、フルチンで校舎を走り廻っても平気な顔をしてるじゃないか。

 それに、ここには女の人だって大勢泳いでいるのに。

 僕は必死で、昨日の記憶を呼び起こして何度か失敗して、やっとのことで正しい
締め方をマスターした。

 で、さあ。

 夏休みに前の学校の友達が遊びに来るんだけど、ふんどしの締め方を教えてやろうと
思うんだよ。


 勿論、うちの学校の伝統的な方法で。

 だからさあ、余ってるふんどしがあったら貸してよ。

 ねえ。

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