赤ふんと日焼けの想い出

2000/07/03UP


 僕は、馬鹿だった。
 
 笑われるのがイヤだったのに却ってみっともないことになってしまった。
 
 夏の日差しは、たった半日で海パンの跡を僕の体に焼き付けていた。
 
 いや、海パンを残して全身が日に焼けたというべきだろうか。

「はあ〜」

 ズル休みしちゃおうかな?

 そんな考えが頭を掠める。

 ダメダメ。

 ズル休みなんかしたら、罰ゲームとか言って女子の前で解剖されるに決まってる。

「ふぅ〜」

 僕は溜息をつきながら1年振りに取り出した去年から学校で使っている赤い六尺ふんどしと
今日の為に買ってもらった海パンを交互に眺めた。



 僕が初めてふんどしを締めたのは去年、4年の6月の末頃のことだった。

 プールの季節が始まる直前。

 いつもなら嬉しい筈のその季節も少し気分が重かった。

 4年から水着が赤い六尺褌、いわゆる赤ふんに替わるんだ。

 これは、5、6年の夏休みにやる臨海学校での遠泳に備えてのことなんだ。

 もし溺れたらつかんで助けることのできる、ふんどしの方が安全性が高いんだって。

 そのお蔭で50年も続いている遠泳で溺れかけた人はいるけど
事故になったことは一度も無いって先生は言っていた。

 1年前から慣れさせるという意味でプール授業は赤ふんで行うことになっている。

 僕達、4年生はクラス毎に体育館よりは狭い大会議室に集められて
6年生から、ふんどしの締め方を教わる。

 まず、ズボンもパンツも脱いで、素っ裸の状態で一列に並ばされて説明を聞かされる。

 ちょっと大きくなってる子もいるし、コケみたいな産毛みたいなのが生えかけている子もいる。
 大きい子もいるし、小さい子もいる。
 形の違ってる子もいたりするんだけど、布地が触れた時に痛そうだった。

 普段は頼んだって見せてくれない友達のパンツの中身が気になったり、
僕も見られていることが恥ずかしかったり、スースーするのを感じたりして、話に集中なんでできやしない。

 でも、後ろを見て回る係の6年生も何人かいて、もじもじするとお尻をピシャリと叩いていく。

 男の先生も何人か立ち会っているんだけど、
ふんどしなんて締めたことのない先生が殆どだから何も言わない。

「ゆるふんは絶対にダメだぞ!」

 説明をしている6年の子がそう言うと6年の間から笑い声が洩れる。

 でも僕には意味が分からなかった。

 ニヤニヤしているクラスメートも何人かいる。

「きつく締めないと途中で脱げちまうからな!」

 と6年の子が続ける。

 その後、マンツーマンで締め方を教わって必死でマスターする。

 覚えが悪いと既に赤ふんを締めた連中に取り囲まれて見世物状態になるからだ。

 その時は、お尻が丸見えで恥ずかしかった。

 手でお尻を隠したり、女子に騒がれたりしながらプールに辿りつくと準備運動が待っている。

 何もしなくてもお尻に食い込んでいる部分がお尻の穴に擦れてちょっと変な感じがする。

 その状態で屈伸運動をさせられるとその感覚は更に強くなる。

 思わず「うっ」という声を出してしまった。

 叫び声を上げている奴もいた。

 そして、あれほど「きつく締めろ」と注意されても、ゆるふんにしている奴が何人かいる。

 泳いでいる最中や飛び込みした時に、スルリと脱げちゃう奴もいて女子も含めて注目の的にされる。

 ハッキリ言って男の恥だ。みじめ過ぎる。

 そんな可哀相な生贄の姿を見て、僕達は「ふんどしはきつく締めよう」と心に誓う。

 それでも脱げちゃう奴は、やっぱりいたりする。

 あと、前の形も整えないと格好悪い。

 はみチンしてる奴とか横から見ると見えちゃってる奴もけっこういた。 

 そして、赤ふんが恥ずかしくなくなる頃になると、お尻にはT字型の日焼けが刻まれる。

 それは、僕達の学校だけの勲章で大事な想い出になる。
 


 今年は、遠泳のある年だ。

 僕はスポーツ万能ってことになってるんだけど水泳は苦手だ。

 25メートルぐらいは何とか泳げるんだけど、それ以上になると自信がない。

 溺れそうになって、赤ふんをひょいっとつかまれて助けられるなんて
みっともないことだけは絶対に避けたい。

 そう思った僕は、お父さんに無理矢理に頼み込んで
臨海学校の前日に海に連れていってもらって特訓した。

 流石に、学校の外で赤ふんは恥ずかしいから海パンだ。。

 泳ぎは多少うまくなったと思うんだけど……

 日焼けまでは考えていなかった。

 海パンを脱いでもまだ何かを履いているような下半身を鏡で眺めて再び

「はあ〜っ」

 と溜息をついた。
 


 朝学校を出て、昼過ぎに合宿所に到着する。

 そして、いきなり遠泳に向けての練習が開始される。

 シャツを脱いでズボンを脱いだんだけど、パンツまでは脱ぬぎたくなくってもじもじとしていた。

 先生に怒られて、覚悟を決めると何事もなかったようなフリをして赤ふんを締める。

「パンツの上からふんどし締めるなよな、ちゃんと脱げよ」

 そんなからかいの声が飛ぶ。

 僕の顔は赤ふんのように真っ赤になった。

 
 海岸に並ぶと何人かは僕と同じように海パン焼けをしていた。

 それで恥ずかしさが少しマシになった。
「ゆるふんは命に係わるからな。水に入ると多少は緩むからそれも計算にいれること。
 自信のない者は何回でも締め直すこと!」

 脱げちゃうとみっともないことよりも助け難くなるし、足に絡まって溺れることもあるんだって。
 
 そう言われても、やっぱりゆるふんの奴はいる。

 先生達は、ゆるふんをチェックして回る。
 
 何人かは締め直しを要求される。
 
 みんなの視線はそいつらに集中する。
 
 中には焦りのあまり、手が滑って大変なことになる奴もいた。
 
 もう、僕の日焼けの跡なんか誰も気にしていない。
 
 

 夕方、僕は赤ふんにTシャツって格好で海岸を散歩した。
 
 少しでもお尻が日に焼けるかと思って。
 
 海からの潮風でバタバタとTシャツが揺れる。
 
 心無しか、赤ふんも揺れているような気がする。
 
 僕は、自分で自分をちょっと格好いいと思った。

 気分の良い散歩だったけど日焼けのパンツは脱げなかった。

 
 
 今年の日焼けは小麦色の肌の上に濃い肌色のパンツを履いてのT字型になった。
 
 お父さんが面白がってお尻の写真を撮った。
 
 その写真は今でもアルバムの片隅を飾っている。

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