お引越しの前に

2000/01/05UP

「えーと…ゴリラ」

「ら、ラッパ」

「パン」


「あーっ、『ん』がついた」


 実にパターンな、しりとりの終わり方である。


 家具も何にも無い、ガランとした家の中で、こんな遊びをしてヒマをつぶして
いるのは、10歳ぐらいの男の子が二人である。


 背格好は同じぐらい。


 顔も双子とまではいかないが結構、似ている。


 小崎将太と小崎幸太。


 苗字も同じだが兄弟ではない。


 この二人は従兄弟なのだ。


「あーあ、飽きちゃったよ」

 と将太が溜め息をつく。

「なんだよ、こんなとこに来たいって言ったのは将太なんだぞ」

 幸太がお兄ちゃん顔で反論する。

「そりゃ、そうだけどさ…」

 
 実際には将太の方が1週間程、お兄ちゃんである。


 この二人は両親が祖母の家に同居している関係上、産まれてからずっと一緒の
家で暮らしている。


 家族旅行も一緒だったし、幼稚園のお泊り会も一緒だったから12時間以上

離れたという経験がない。
 
 並の兄弟よりは、ずっと兄弟に近い存在だった。


「しりとりも飽きちゃったしな…どうしてゲームボーイぐらい持って来なかったんだよ」


「将太が言ったんだぞ。何も持って行かない方がおもしろそうだって」


「…そうだけどさ、これぐらい予想しろよ」


「近くを探検にでも行こうか?」


「ダメだよ。留守番してないといけないんだから」


「…だよな。それに面白そうな場所もなさそうだしな」


 ちょっと説明がいると思う。


 将太の家族と幸太の家族は祖母と一緒に暮らしている。


 二人が成長するにつれてだんだんと狭く感じられるようになってきたので
新しく家を買ったのだ。


 それが、この家である。


 引っ越しは来週に行われる予定なので家具はまだ運び込まれていない。


「だって、何にもない家なんて、こんな時でもないと入れないじゃん」

 と将太が主張したので、学校の休みに遊びに来ることになった。

 将太が行く以上は幸太もセットで付いてくる。


 そういうことになっているのだ。


 お父さんたちは休日出勤なので、朝、二人を車でここに連れて来ると会社に行った。


 家を買うと言うのは大変なのだ。


「お父さんが迎えに来るまで、あと何時間?」


 将太の問いに幸太が腕時計を見る。


「今、1時だから、あと4時間ぐらいかな?」

 
 ちなみに、ストップウオッチ機能でなるべく短い時間を出すとか、ゾロ目で揃える
とかいう遊びは既にやりまくってしまっている。


「にらめっこでもしようか?」

 将太がポツリと言った。

「にらめっこ?えらい古典的な遊びだなあ」


「しりとりだって充分に古典的じゃんか」


 幸太としては、特に断るような口実がなかった。


 既に思い付く限りの遊びは遣り尽くした。


 寝てしまおうかとも思ったが、ガランとした所で将太のわめき声をBGMにして
眠れるだけの度胸はなかった。


「…ま、いいけどさ」

 
数分後。


「うっ…ぷぷぷぷぷぷ…」

 最初に笑い声を発したのは、やはり将太の方だった。

「幸太ってば、どうしてそんなに澄ました顔でいられるんだよ」


「平常心だよ。落ち着きのない将太とは違うから」


「ちぇっ。俺と同じ歳の癖に、お兄ちゃんぶってら」


「将太が、子供っぽいだけだよ」

 そう言うと幸太は、すっくと立ち上がった。

「ぼく、トイレに行って来る」


 立ち上がったばかりの足を将太がつかむ。


 スッテンコロリン。


 幸太は、手を衝いてつんのめる。


「な、なにすんだよ、離せよ」


「おれって子供っぽいんだもん、だからガキっぽいことするんだ」


 将太はイタズラっぽく笑うと、つかんだままの右足を引き寄せるとくすぐり始めた。


「や、やめろよ…」


「こらえてないで笑えよ。こうなったら無理矢理にでも笑わせてやる!」


「だ、だめだって…知ってるだろ…ビンカンなんだからさ…」

 
 幸太は、笑いを通り越して蒸せ返っている。


「こらえてないで、笑えったら!」


「いや、こらえてるわけじゃ…」


 そう、幸太は笑うに笑えない状況にあるのだ。笑えるものなら大笑いしたい。


 だが、幸太ほど敏感でない将太にはそれが理解できない。


 なおも執拗に足の裏をくすぐり続ける。


「だ、ダメ…力が抜ける…や、やめて…何でもいうこと聞くから…」


「何でも?」


 足が、くすぐりから開放された瞬間、張り詰めていた緊張感が一気に切れる。


 と同時に、股間が緊張感から開放されてしまった。


「ああーっ!!」


 二人は同時に叫んだ。


「だから、言ったのに…もう…将太のばか!」


 世にも情けなさそうな顔をした幸太が、最大級に情けない声で言った。


「ゴメン、でも初めて見た。幸太が、おもらししたところなんか」


「嬉しそうな顔して言うなよ。ぼくは1年の時におねしょしてた将太とは違うんだから」


「そうだよな。俺がおねしょした布団を取り替えても簡単にバレてたもんな」


「…どうすんだよ?」


「どうって?」


「ここには替えのパンツもタオルも無いんだぞ」


「あっ、そうか!」


 そう、そういう物は全部、まだ引っ越す前の家の方においてあるのだ。


「将太、ぼくさっき何でも言うこと聞くって言ったよね」


「ああ、言ったけど…」


「じゃあさ、来る時にコンビニで買ってもらったジュースは全部、お前のもんな」


 幸太は,有無を言わせず、1・5リットルのオレンジジュースを将太の口に流し込む。


 少し、こぼれたし、苦しそうな顔をして蒸せ返りはしたが将太は全部飲み干した。


「飲んだね?」


「ああ…いきなり、何するんだよ!!」


「こうするんだよ!!」

 幸太は自分がされたのと同じように将太の足をつかむと、くすぐり始めた。

「た、タンマ。…おしっこ…」


 将太がゲラゲラと笑いながら、やっとのことで声を出す。


「だーめ、漏らすまでくすぐるからね」


「そ、そんな殺生な…」


 それから数分後、二人はお互いの濡れた半ズボンを情けなさそうに見詰め合った。


「じゃ、行こうか」


「ど、どこ行くんだよ?」


「風呂場に決まってるだろ!」


「あ、そうか!さっすが幸太、あったまイイ」


「将太がバカなんだよ」


 そう、荷物を運び込んでいないとは言っても電気も水道もガスも着ている。


 風呂場はちゃんと使える筈だ。

 
 体を拭く為のタオルが無いという問題点を除けば。


「そんなもん、シャツで拭いて、搾っとけばいいんだよ。どうせパンツとズボンは、
そうしなきゃいけないんだから」


 その通りである。


 残念ながら風呂場のシーンは割愛する。


 期待した人も多いと思うが、脱線しそうなので。


 で、何とか風呂からあがった二人だったが、どっと疲れが出たのか、ウトウトしてきた。


「なんだよ。将太寝ちゃったのか?裸のままじゃ風邪、引くぞ」


 毛布でもかけてやろうと思ったが、それがないことに気が付いた幸太も裸のままで
寝てしまった。


 次に二人が気が付いた時、二人は、それぞれのベッドの中に居た。


 お父さんが運んでくれたのだ。


 ただ、裸で寝ていたので、道中がどうだったのか想像すると怖い。


「あんた達、新しい家のお風呂でふざけてて風呂桶に落ちた上に裸で寝ちゃっ

てたんですって?」

 …まあ、そういうことにしておこう。

 と二人は思った。

 二人を学校に送り出すと、お母さんたちはこんな会話をした。


「ねえ、義姉さん。二人で何してたと思う?」


「新しいパンツを履いていった筈なのに黄色いシミが付いてるしねえ」


「ま、白いシミじゃないだけマシか」


「それも、そうね」

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