4年1組の教室。
「ねえねえ、小崎くん」
クラスに必ず一人はいる好奇心旺盛な女の子が転校生の将太に声を掛ける。
「将太って呼んでくれよ。ずっとそう呼ばれて来たし、苗字だと幸太とややこしいんだ」
人怖じしない性質の将太は、お気楽に応えた。
「それって、3組に転校して来て小崎くんのことだよね?小…将太くんって双子なの?」
『双子』という単語を聞き付けてクラスの連中が集まってくる。
何しろこの小さな学校に双子は一組もいないのだ。
「えーっ、小崎くんって双子なの?」
「俺、一緒に廊下を歩いてるの見たぜ。でも確かに似てるけどソックリって訳じゃなかったぜ」
「きっと、二卵生双生児なんだよ」
既に双子だと決め付けているようだ。
「ちょっと待ってくれよ。俺と幸太は双子じゃないよ」
将太は群集を制するように声を出した。
「じゃあ、年子?」
「年子って?」
「ほら、妊娠は十ヶ月だけど一年は十二ヶ月だろ?だから学年が同じ兄弟っていうのもいるんだよ。それが年子」
「ふーん」
ちょっと物知りな子供が解説する。
「俺と幸太は兄弟じゃなくって従兄弟なんだよ。一緒に暮らしてるから兄弟みたいなもんだけど」
将太は、やっとのことでそう発言することができた。
クラスの連中の興味は、将太本人よりも幸太や二人の家庭にあるらしい。
次々に質問が飛ぶ。
将太と幸太の家族は、今時珍しい大家族だ。
二人の両親はお互いに兄妹と姉弟である。
他に同居しているのは、お祖母さんが一人。
このお祖母さんがちょっとややこしくって、3年前に亡くなったお祖父さんとは小さい子供を連れた再婚同士で、
将太と幸太の両親はお互いに結婚する前から義理の兄弟姉妹として育っているのである。
お手軽と言えばお手軽だが、それだけに家族の仲は羨ましいぐらいに良い。
そんな訳で、将太と幸太にはお父さんとお母さんが二人ずついるようなちょっと妙な生活が当たり前になっている。
将太がこんな事情を机の周りの野次馬達に理解させるまでには随分と長い時間が掛かった。
「幸太ってさ、本当の兄弟じゃねえけど、俺の自慢なんだぜ。通信簿だって『よくできました』ばっかりだし、
前の学校じゃ女にもモテモテだったんだ」
将太は嬉しそうな顔をして幸太を自慢する。
そこへ将太よりは上手にクラスの連中をやり過ごした幸太が現れた。
ちなみに彼は将太のことを
「お馬鹿でお子様で手間ばっかり掛かるけど、良い奴だから転校する時に本気で泣いてた女の子が何人もいたんだ」
と解説していた。
「おーい、将太」
「あ、幸太!」
「帰ろうよ」
「うん、じゃあ又明日ね」
将太は軽く手を振ると、チョコチョコと幸太の後に続いて歩いて行く。
「カルガモみたい……」
「なあ、将太って絶対に『お兄ちゃんっ子』だよな」
「でも、将太の誕生日の方が1週間も早いって言ってた」
「誰が、どう見ても重度のブラコンだよ」
『転校生はカッコ良く見える効果』で既に一部にファンが付き始めていた将太だったが、
付随する条件によってその効果は同学年から上級生のお姉さんへと移行した。
「あーっ、もう将太くんってばカワイイんだから、ぬいぐるみの代わりに抱きしめて眠りたーい!」
というちょっと危ないお姉さん達である。
ところが、である。
「俺もう幸太と一緒の部屋ってのヤだよ」
将太は、お母さんに訴えた。
「どうしたのよ、急に?幸ちゃんと喧嘩でもしたの?」
お母さんは首を傾げた。
「してないよ。あんな奴なんかと……」
相当に怒っているらしい。何があったというのだろうか?
「じゃあ、少しは我慢なさい。同じ部屋が良いって言ってひとつの部屋にしたのはあんた達の方なんだからね」
「部屋はあるじゃないか。俺の部屋から幸太を追い出してよ」
「いい加減にしなさい!あの部屋は物置の代わりに使ってるから片付けるのに2、3日はかかるわよ」
「幸太の奴が片付ければいいんだ!」
「将太!どうしちゃったのよ?あんなに仲が良かったのに……」
お母さんの問いに答える前に将太は駆け出していた。
将太が自分の母親を相手にダダをこねている頃、幸太の方も自分の母親を相手に相談していた。
「ねえ、お母さん。将太が何で怒ってるのか分からない?」
「幸ちゃんに分からないものがわたしに分かる訳ないと思わない?」
「……ちょっと思う」
「でしょ?心当たり無いの?」
「あれば苦労しないよ。将太の奴、この2、3日口をきいてくれないんだ」
幸太はしょんぼりと答える。
あいつ、一体何で怒ってるんだろ?
二人のお母さんは、将太と幸太を並べて座らせた。
「さ、将ちゃん。幸ちゃんも悪いことがあったら謝るって言ってるんだから、何で怒ってるのか、ちゃんと説明して」
将太はふてくされた顔でこう答えた。
「ふんだ。俺は幸太が幸太だっていうことが気にいらないんだい」
ここまで言われては幸太も黙ってはいない。
「僕だって、将太のフォローばっかりさせられてもうウンザリだ。僕は将太のお守をする為に生まれて来たんじゃない」
「誰がフォローしてもらったっていうんだよ」
「幼稚園でおもらしした時にパンツを履き返させてやったり、小学校の窓ガラスを割った時に一緒に謝ってやったり、
宿題をやってやったり、数えたらキリが無いぐらいだ!」
「そんなもん、幸太が勝手にやっていい気になってるだけじゃないか!」
ゴツン!ゴツン!
お母さん達の鉄拳制裁が入る。
「兄弟喧嘩なんかしてる場合じゃないでしょ!」
二人は同時に叫んだ。
「ふん!こんな奴」
二人はお互いに背を向けた。
将太の態度は確かに妙だった。
誰が見てもブラコン状態だったのに一方的に、幸太を嫌っている。
同じ部屋で机を並べて、二段ベッドの上下を使っているのにロクに口をきこうとしない。
お母さん達もお父さん達も心配だった。
お祖母さんは、心配しなくても兄弟みたいなもんなんだから放っておけばいいと言っていた。
そんな訳で、両親達は不安だったのだが、二人を残して外出する用事が出来た時もお祖母さんの意見に従って、
二人に留守番をさせることにしたのだ。
「こんな時は、二人っきりにしてやった方がいいんだよ」
まるで、喧嘩した恋人に対する台詞である。
「……なあ、将太。この家に引っ越して来る前にも二人で留守番したことがあったよな」
幸太は、将太を捕まえると言った。
「幸太が、おもらしした時のことか?」
将太は、意地悪そうに言った。
「あ、あれは……」
「なんだよ?また、くすぐって欲しいのかよ?今度は替えのパンツもちゃんとあるぜ。何ならオムツでもしてやろうか?」
「バカ、将太なんか知るもんか!せっかくこっちが折れてやってるのに」
幸太は淋しそうな表情で怒った。
ずきん。
これには、将太も参った。
将太に取っての幸太は常に『頼りになる存在』だったのだ。
それが今は……しかも自分のせいで。
「ゴメン、俺が悪かったよ……」
「本当に悪いって思ってないだろ?」
「悪かったって謝ってるじゃねえか!」
「ほら、やっぱり悪かったなんて思ってない。この間から何を怒ってるんだよ」
「……聞いたら絶対に笑うから言わない」
「僕に悪いところがあれば何とかするから、機嫌直せよ。将太が怒ってると落ち付かないんだよ」
「……分かったよ。取り敢えず、あの時のみたいに一緒に風呂に入ろう。そこで話すよ」
幸太は何やら不自然な陰謀の臭いを感じていたが、将太の提案に従ってやることにした。
そろそろ、素っ裸が恥ずかしい年頃である。
幸太が先に湯船に浸かって待っているとタオルで前を厳重に隠した将太が現れた。
「あのさあ…俺って子供だよな」
「何言ってんだよ?」
「俺、羨ましかったんだよ。幸太が」
将太は、そう言うとタオルを外した。
「ほら、見てくれよ」
「将太の何か見慣れてるし、僕はホモじゃないからそんなもん見たくない」
「違うよ!……ほら、幸太のと違うだろ。ちょっと……」
幸太はピンと来た。
そして立ち上がると、自らの股間と将太の股間を見比べた。
「もしかして……毛か?」
「うん」
将太のは、まだツルツルだが、幸太には産毛のようなソレが生え始めている。
それが気になって仕方が無かったのだ。
「それで怒ってたのか?」
「うん」
「バカだな、こんなもんもう少し経てば嫌でも生えてくるよ」
「ちょっと触らせてよ」
そういうと将太は幸太のアソコを握り締める。
「ちょ……」
将太は構わずに、擦り始める。
3、4回でそそり立ってしまう。
「な、何すんだよ」
「良かった、幸太のもちゃんと立つんだ」
「当たり前だろ。男なんだからさ」
「いや、立ってもらわないと計画が台無しだから……」
「計画?」
やっぱり何か企んでやがったのか。
将太は、浴室のドアを空けるとすぐ近くの床に置いてあった物を手に取った。
「じゃあん!」
それは、お父さんの電気シェーバーだった。
スイッチを入れるとジージーという音がする。
「ま、まさか……」
「そう、大きくなってないと剃り難いからね」
幸太の大事な部分でシェーバーはジョリジョリという音と共に微かな振動を与えてくる。
「…………」
そんな他愛も無いことで感じている自分が情けなかったが、
無情なシェイバーはヒゲよりは長いが柔らかいそれを僅かな痕跡を残して吸い取ってしまっていた。その姿の方が情けなかった。
やり返してやろうにも、将太にはまだ生えていないのだ。
「ふう、これで俺と同じ……」
ニコニコとする将太とは対照的に幸太は泣き顔になった。
「将太のバカ……覚えてろよ!」
泣きながら、浴室を飛び出す。
逃げたのかと思ったが直ぐに戻って来た。
そして、何やらベタベタとした手であっという間に将太を勃起させる。
「な、なんだよ。ヌルヌルして気持ち悪いよ」
「仕返しだよ。バカ将太」
幸太はそう言いながら、将太の股間を熱いシャワーで洗い流してやる。
「あ、熱いよ……」
熱湯を浴びせられて真っ赤になったソレはビクビクと振動した。
参考までに、この年頃だと勃起はしても精通はまだなのが普通である。
「僕が、何を塗ったと思う?」
さっきまで泣き顔だった幸太はニヤニヤとした顔で意地悪そうに言った。
「な、なんだよ?」
そんなヤバイもんって家にあったっけ?
「永久脱毛用クリーム!お母さんが脇の下に使ってる奴だよ。塗ると生えて来なくなるんだってさ。
よかったな将太、タップリと塗りこんでもらっちゃって」
「ひっでえー、あんまりだ」
「先にやったのはお前の方だろ?」
今度は泣き顔の将太を見て幸太がケタケタと笑う。
お母さん達が帰って来た頃、二人はリビングのテレビの前で手を握って眠りこけていた。
「ほら、仲直りしてるだろ」
とお祖母さんは言った。
それから、仲良しに戻った二人には毎週土曜日にすることができた。
お互いの股間をシェーバーで剃り合うこと。
抜け駆け無し。
それは、2年後に二人が修学旅行をどうするのかと考え始めるまで続くことになる。