天国と地獄と俺の関係について
2000/06/25UP
俺が生まれたのは、ちょっと天国寄りにある地獄だった。
一本の河を挟んで向こう側には天国がある。
美味い物は食い放題だし、欲しい物は何だって手に入る。
但し、金さえあればの話だ。
金が無くなれば河に掛かる『一方通行の橋』を渡って地獄へと追いやられる。
向こうじゃ、俺みたいな子供は遊んで暮らしているそうだ。
街の片隅で金持ちだったっていう頃の話ばかりしている『ほらふき爺さん』が話してくれた。
仲間はみんな爺さんの言ってることを大ウソだって決めて掛かってるみたいだけど俺は本当だと思う。
夢みたいな話だとは思う。
でも、俺、きっと誰も逆に渡ったことのない橋を渡って向こうに行ってみせるんだ。
俺と同じことを考えた奴は前にもいた。
ゲートが開いた隙に飛び込んで突っ走ったんだ。
姿の見えない監視人の光に足を撃たれて押し戻されてきた。
その後、そいつは不吉だって言うんで誰にも相手にされなくなった。
ここじゃ孤立した奴は生きていけない。
最後には今の俺よりもガリガリに痩せて死んじまった。
天国寄りの地獄って言った。
本当の地獄に行くと、俺みたいな商売は成り立たないんだそうだ。
俺達よりも生きることに精一杯で人を抱く余裕なんてないんだって。
それに、子供を作りたくないって本能が働いて萎えちまうらしい。
俺みたいな『男の子』を無料サービスしてやってもダメらしい。
もっとも、俺は無料サービスなんてしない。
俺達が春を売れるのは10年もないんだ。そんなもったいないことができるか。
勿論、俺達の街でも売春は法律違反だ。
特に『男の子』を買った連中は、児童法とかいう法律も違反したって言うんで重い罪になる。
俺達だって酷い目に遭わされる。
昔は『保護施設』とかいう場所に送られたらしんだけど、今は逮捕された時、
警官に『お仕置き』されることになっている。
電気鞭で尻を100回も引っ叩かれるんだ。
途中で気を失わない奴は誰もいない。
そうすると、水をぶっ掛けられて目を覚まさせられて続きをやられる。
警官達の多くはニヤニヤしながら、前と後ろの『商売道具』に煙草の火を押しつける『オマケ』を追加した後で、
鍵の付いた鉄のパンツを履かせる。
あれを履かされたら終わりだ。
商売どころか、小便も自由にはできない。
警官に泣きついて鍵を開けてもらくちゃならない。
奴等、金を渡さないと開けてくれないし、出してる途中でも「時間だ」とか言って鍵を掛け直す。
1ヶ月で外してもらえる規則なのに、成長して体に食い込むようにならないと外してくれない。
だから、高い金を払って『鍛冶屋』に外してもらうことになる。
殆どの同業者は『孤児院』で仕込まれるんだけど、俺は両親に仕込まれた。
俺が童貞じゃなくなったのは、ついこの間、10歳になるかならないかの頃だけど、
処女じゃなくなったのはハイハイするより早かった。
親父とお袋が客を探して来て、俺を抱かせる。
俺を抱かせないと生活ができない。
なのに両親は俺をイヌかなんかのように馬鹿にしていた。
ワケの分からなかった小さな頃は本当に首輪と鎖を付けられてイヌの食器でドッグフードを食わされていた。
物を教えてくれる酔狂な客がいなかったり、もっと奥の地獄みたいに学校がなかったりしたら
自分が人間だってことも知らなかったかもしれない。
親父は、理由を付けては俺を殴った。
お袋は、殴らない代わりに俺のこホモだと罵倒した。
男に犯られて、よがり声を出すって。
俺だって好きでよがってるワケじゃない。
その方が儲かるからだ。
俺がコツコツと貯めたチップの隠し場所を探して取り上げるぐらいしかできない癖に偉そうにするんじゃねえ。
俺が、そんな両親を見捨てたのは、あの事件があったからだ。
いつものように客を取らされていた俺は、初めて『受け』の奴に当った。
親父のミスだ。
俺ができないというと客は話が違うと怒り出した。
この子は生まれた時から男に突っ込んでたんじゃないのかって。
親父は、できないと言った俺のことを思いっきり殴りつけた。
当りどころが悪くて俺はぶっ飛んで壁に激突した。
頭がフラフラして、耳から生温かい血がダラーと流れ出しているのが分かった。
親父と客は、グッタリとしている俺を見て慌てている。
気を失った俺が気がつくと、そこは病院で警官が「坊や」と話しかけてきた。
お仕置きされると俺は思ったが、そうじゃないことが分かってほっとした。
児童法では子供に対する虐待を禁止している。勿論、子供を売り飛ばすような行為は
死刑にされても文句を言えない。
俺は、体中の傷を証拠にして親父が俺に何をしてきたのかをぶちまけた。
親父に復讐したい。
それだけが望みだった。
なのに警官は、俺の望みを無視した。
俺のことを虚言癖がある子供だって言ったお袋の言葉を根拠にして親父を無罪にしたんだ。
事故のことも、大きな音がしたんで、遊びに来ていた友達と二人で駈け付けたら
勝手に悪戯か何かをして倒れていたってことにされた。
俺は、それを聞いた瞬間、この世界に信じられるのは自分だけだって思い知らされた。
いや、ちょっとでも警官なんかに期待した自分さえ信じられなかった。
家に戻されてから3日間、俺はバツとして鎖に繋がれて、飯も食わせて貰えなかった。
隣のベッドの奴は不味いと文句を言っていた病院の美味い飯が懐かしかった。
そんな状態でも客は取らされた。
俺は一人の客に鎖を外してくれるように頼み込んで、一緒に逃げた。
その客は財布を抜き取ると直ぐに巻いてやった。
それから2年。
『神父』は俺を買ったけれど抱かなかった。
でも、俺からは出ないって思っていた白い液を絞り出すっていう奇跡を見せてくれた。
恥ずかしくて顔が紅くなった。
そして、酔狂にも商売女を調達して来て俺に童貞を捨てさせたんだ。
『神父』は俺に信用できる孤児院を紹介してくれると言った。
でも、俺はそれを断って彼と暮らしている。
この、おっさんと二人なら、いつかきっと『一方通行の橋』を渡れるような気がするんだ。
でも『神父』は言った。
「この世に地獄なんか無い。住んでる場所が天国なんだ」
困ったことに俺の恋人は孤児院を作る気でいるらしいんだ。
でもいいさ。
この馬鹿なら天国と地獄を引っくり返すぐらいのことはやってくれるだろうから。 |