お仕置きのツボ

2000/04/30UP

 「い、痛ててててて……」
 
 雄介は、泥だらけの体を引きずるようにして帰って来た。


 短めの半ズボンから伸びた足は擦り傷でいっぱいだ。


 「コラ、雄介!」


 誰かが、雄介の頭をコツンと叩いた。


 見ると同居している叔父の浩平である。


 両親が不在なので浩平が雄介の保護者なのだ。


 「今度は誰と喧嘩して来たんだ?」


 「佐藤さんちのジョン」


 雄介は誇らしげな顔をして答える。


 「ジョンってあの大きな犬か?」


 「うん、だって女の子が通りかかる度にワンワン吼えるんだぜ。
一度懲らしめてやらなきゃと思ってたんだ」


 「相手は犬だぞ」


 「オレは悪い奴は誰だろうと絶対に許さない!
ジョンの足に噛み付いてきゃんきゃん言わせてやったんだ」


 やれやれ。

 
 雄介は、こういう変なところのある子供なのだ。


 正義感は強いのだがどこかが変だ。


 「おまえ、前に、高校生に喧嘩を売った時に何て答えた?」


 浩平は諭すようにして言った。


 「あれは、あいつらが勝則からお金を取ったからだ。
悪いのはあいつらだって警察のおじさんも言ったじゃないか!」


 「……危ないことはしないって約束しただろ?」


 「そんな約束なんかより正義を守る方が大切だい」


 「あのなあ、おまえに何かあると海外赴任してる兄さん達にに申し訳が立たないんだよ」


 「そんなもんは浩平の都合だろ?」


 それを聞くと、浩平は急に怖い顔になった。


 「全然、懲りてないよだな……お仕置きしなきゃな」


 その台詞を聞くと、雄介は一瞬ビクッとしたが、こう言い放った。


 「分かった。オレが悪かったんだから、罰は受けるよ」


 そういって、ズボンとブリーフを下にズラす。


 この前は、お尻を100回も竹の物差しで叩かれたのだ。


 お陰で3日ぐらいは椅子に座る度に顔をしかめなければならなかった。


 「ちっとも懲りてないようだから、今度は違うのにする」


 え?一体何をする気だろう?


 あれよりキツイお仕置きって?


 雄介は、ちょっと怖くなった。


 「その前に、治療をしてやるから、こっちに来な」


 浩平は雄介のパンツとズボンを元に戻すと、脱脂綿を消毒薬に浸した。


 彼は医者なのだ。外科医として開業してはいるが
針治療を得意とするちょっと変わった医者である。


 「さ、麻酔するぞ」


 と長くて光る針を雄介の体に突き刺す。


 見るからに痛そうだが、実際にはそれほどでもない。


 インフルエンザの予防接種の方が痛いぐらいだ。


 それが、雄介が無茶をやらかす秘密でもあった。


 どんなに大怪我をしても、痛みを和らげてもらえるのだ。


 今回もス―ッっと痛みが引いていく。


 「ねえ、オレ何をされるの?」


 緊張のあまり、喉が渇いて仕方がないので
冷蔵庫で冷やしてあった麦茶をグビグビと飲みながら雄介が質問する。


 あれから30分以上経つのに何もされる気配がない。


 「いや、もうしたんだよ」


 浩平は悪戯っぽく笑った。

 
 「え?」


 「なあ、雄介はどんな時に、トイレに行く?」


 訳の分からない質問が飛ぶ。


 「そりゃあ、ションベンしたい時だよ」


 「そう、おしっこをしたい時ってちゃんと分かるよね。
でも麻酔で痛みを止めるみたいにその感覚も針で止めることができるんだ」


 雄介が、股間に生温かい物を感じたのはその直後だった。


 温かさは、すぐに冷たさを伴った不快感へと変化していく。


 「な、なんで?」


 グッショリと濡れたズボンを呆然と眺める。


 「だから言っただろ?尿意が分からなくなってるんだよ」


 「やだよ。こんなの赤ちゃんみたいじゃないか」


 「明日の朝には戻してやるよ」


 時計を見るとまだ7時だ。


 「やだよ、謝るから元に戻してよ」


 真っ赤な顔で抗議する。


 だが、浩平は聞き入れてくれない。


 「ダメ!正義の味方ゴッコも大概にしないといつか取り返しのつかないことになるからね。
雄介が嫌がることをしないと懲りないだろ?」


 「だって…こんなのって…」


 「あんまり駄々こねるとそのまま学校に行ってもらうぞ。
6年生が、おしっこに行きたいとも言えずに教室でおもらしするんだ。
きっと1年生だって、トイレに行きたいぐらい言えるよ。
雄介は幼稚園児みたいに、おもらしして、みんなに笑われるんだ。
保健室の替えのパンツを借りるのって情けないぞ。
もしかしたらクラスの女の子の見てる前で先生に穿き替えさせてもらうのかもな」


  い、嫌だ。

 そんなことになったら、正義の味方どころか、おもらし小僧としてバカにされまくるに決まってる。


 「わ、分かったよお…オレ、もう寝る」


 歩いて行こうとする雄介を浩平が呼び止める。


 「寝るんなら、パンツの中にバスタオルでも突っ込んでおけよ」


 「なんで?」


 「オムツの替わりだよ。嫌ならひとっ走りして紙オムツを買ってきてやるけど」


 「な、なんでオムツなんか?」


 「もう忘れたのか?お前は、オシッコがしたくても分からないんだぞ」


 「?」


 「今夜は確実にオネショするんだよ」


 「や、やだよ。そんなの。幼稚園の頃だってしたことなかったのに」


 勿論、雄介の抗議は無視された。


 「あっ…」


 雄介が2度目のオモラシをしたのはその直後だった。


 本当に尿意が分からない。


 ……情けなくて涙が出る。


 今の自分は、おもらし小僧で、今夜はオネショをしなくてはならないのだ。


 幼稚園児以下、赤ちゃんと同じ……。


 当然ながら、布団に入っても眠れなかった。


 タオルを何重にも巻きつけた即席のオムツがゴワゴワする。


 気になって何度も触ってみるが、まだ濡れていない。


 濡れたらどうしよう?


 そればかりが気になった。


 このツボって本当に直してもらえるんだろうか?


 一生、このままだったら?


 オムツをして学校に行かなくちゃいけない。


 体育の時間はどうしよう。


 そんなマイナスの考えばかりがグルグルと頭を駆け巡る。


 だが、時計の鐘が2時を打つ頃には寝息を立てていた。


 そして、朝が来た。

 パンツに突っ込んだタオルはグッショリと濡れている。


 やっちゃった……


 自分のせいじゃないと必死に心の中で抵抗するが
それでも情けないことには変わりがない。


 落ち込んだ気分で朝食を食べる。


 その間にも、おしっこを漏らさないかどうかが心配でパンツにはタオルを突っ込んでいる。


 もう、浩平を怒る気にもならない。


 「どうだ?これに懲りて喧嘩はしないか?」


 「うん…」


 うなだれてそう答えるしかない。


 「じゃあ…」


 浩平が針を刺した瞬間に激しい尿意が襲ってくる。


 体から針が引き抜かれると同時にトイレに駆け込む。


 やれやれ。


 ほっとした雄介を次なる恐怖が襲った。


 「あのさ…漏れそうなのにおしっこが出ないんだけど」


 すると、浩平はアッサリと言った。

 「ああ、副作用でな。しばらくは尿意が続くよ。
夕方には正常に戻るから大丈夫。安心して学校に行って来い」


 おしっこがしたいのに分からないのと
出ないのにしたくなるのとどっちが辛いのだろうか?

雄介は、休み時間の度にトイレに駆け込み、
出もしないのに大慌てでチャックを下すハメになった。

 
 冷蔵庫から麦茶のポットを取り出した浩平は

 
 「あれ?空っぽ?あ、そうか昨夜使っちまったんだよな」


 とつぶやきながら、物干しに干されたパジャマとパンツとタオルを眺めた。

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