緊張すると、おしっこがしたくなる。
思春期の少年が前を押さえればそれは性的な欲求によるものだが、
それよりも小さな男の子が前を押さえるのは、おしっこを我慢しているからだ。
普段とは違う、ジュースを飲みすぎたりした時とは違う感覚が
股間から伝わってくることがある。
絶対に忘れてはならないものを忘れた時、悪戯がバレそうになった時、
恥ずかしいのを我慢している時……
浩平は、医者である伯父を前にしていた。
そして、仮病がバレないかとビクビクしていた。
おしっこに行きたい。
でもトイレに駆け込んでもチョロチョロとしか出てくれなかった。
「なんだ、浩平じゃないか」
先生は診察室に入ってきた男の子を見るとそう言った。
「お知り合いなんですか?」
と看護婦のお姉さんが尋ねる。
「私の甥だよ。弟の子供で小学校に入ったばかりなんだ」
「違うよ。ぼくはもう2年生だよ!」
浩平が反論する。
「そうだったかな?」
「そうだよ!」
とぼけて見せる伯父に対して浩平はムキになって反論する。
どうやら、先生は甥をからかって楽しんでいるらしい。
「なあ、里見君。2年生の子が毎晩おねしょしたりすると思うかい?」
「さあ?」
看護婦のお姉さんは微笑みながらとぼける。
甥に対するからかいの言葉だと分かっているのだ。
「おねしょなんかしたことないよ!」
「あれ?5、6年前の話だったかな?」
そりゃあ、赤ん坊の頃は誰だってやる。
だが医学的に夜尿症と判断されるのは4歳以降である。
「そんなことより早く診てよ。風邪引いちゃったみたいなんだ」
「はいはい。じゃあ上に着てるもの脱いで」
浩平に聴診器を当てたり、口の中を覗き込んだりする。
「うん、確かに風邪だな。早く治るように注射をしよう」
途端に浩平の顔が真っ青になる。
「お薬でいいよ」
「何言ってるんだ。風邪は万病の元っていってな早く治さないと大変だんだぞ」
看護婦は怪訝そうな顔をしながらも支持された注射を用意して持ってくる。
気のせいかかなり大きい。
「さ、そこの寝台の上で、パンツを下ろして」
「ぼ、ぼくおしっこしたくなちゃったから……」
「お注射が終わってからな」
浩平は、しぶしぶ寝台に上り、お尻を丸出しにする。
伯父だけならいいが、看護婦のお姉さんに見られるのは恥ずかしい。
「なあ、腕にする注射とお尻にする注射の違いって知ってるか?」
「分からない。それより……」
「まあ、そんなに焦るなよ。ほらお尻にする注射の方が痛いっていうだろ?
あれは事実でな。でもお尻にするから痛いんじゃなくって、痛いからお尻にするんだ」
「どういうこと?」
「つまりだな。同じ注射なら腕よりもお尻の方が痛くないんだ。
お尻にする注射は腕にしたら痛くて ショック死する人もいるからお尻にするんだな。
それに大きな注射も打てるし」
じゃあ、今からする注射は大きくって、痛いってことじゃないか!
「怖いか?」
「全然大丈夫!」
浩平は強がってみせるが体は震えている。
「それは結構。注射の好きな子ってのもたまにいるからね」
う、うそだあ。
「注射嫌いの子供にするのは簡単なんだ。
今日は注射なんかしないよって騙して連れてくると一発で嫌いになるんだ。
ところで1年生の時に注射より2年生の時の注射の方が痛いって知ってるか?」
そ、そうなの?
ぼくって2年生だよ。
「1年生の時は分からないけど、2年生になると注射は痛いものって知識があるから
余計に痛くなるんだよ。 精神的な痛みって奴だな。
でもそれなら採血の方がもっと痛い。
注射器の中に赤黒い自分の血が吸い出されてくる有り様なんか、
こんな気持ち悪いもんが 自分の体を流れているのかと思うともう気味が悪くってな」
浩平は自分のお尻から巨大な注射で血が抜き取られていく光景を想像すると怖くなった。
「里見君、まだ注射の実習したことがなかったね。丁度いいから浩平で練習しなさい」
は、恥ずかしい。
お尻を見られてるだけでも恥ずかしいのに、お姉さんに注射されるんなんて。
しかし、甘んじてお尻を突き出して注射をしてもらうしか道は用意されていないのだ。
「注射にもコツってもんがあってな。ヘタにやると凄く痛いんだが
慣れるまでには経験が必要でな。
お尻の注射の実習の為の人形まであって、
正しい位置に注射しないとブザーが鳴るって大笑いな代物でな……」
伯父の言葉が終わらないうちに悲鳴が聞こえた。
「ひーん、い、痛いよ〜」
「あはは、ブザーが鳴ちゃったみたいだな」
涙を浮かべなら浩平は寝台から下りる。
「さてと、お仕置きが終わったところで仮病で学校をサボったワケを聞こうかな?」
「ば、バレてたの?」
「伯父さんは、お医者さんなんだぞ。バレないワケないだろ」
「注射なんかするからバレなかったのかって思ってた」
「あれはな、栄養剤の注射だよ」
「え〜っ、ひ、酷いよ」
「お前の考えそうなことなんか分かるよ。
今日学校でやる予定の予防接種がイヤだったんだろ?」
「う、うん」
「やっぱりな。
市内で行われる予防接種のデータはうちにも回って来るからな。でも馬鹿だなあ」
「うん、馬鹿だった。大きな注射でお仕置きなんかされちゃって」
「そうじゃない。学校で受けなくても市内の病院で必ず接種しないといけない決まりなんだ」
がーん。
じゃあ、お仕置きされた分だけ損したんじゃないか。
「丁度いいから、もう少し待ってろ。
今日は4歳児が5人程同じ注射をするから一緒にやってやるから」
「う、うん……」
そう答えるしかなかった。
伯父さんは他にも
尿道カテーテルとか浣腸器とか痛そうなものを沢山持っているのだから。
注射も巧い先生がやるとあまり痛くない。
特に小児科の場合、笑わせている隙に打ち込むと、
子供がアレ?って顔をしている間に終わってしまう。
「それじゃ、最後は浩平お兄ちゃんだな」
「ふぎゃあ〜!!」
だがヘタにやると本当に痛い。
涙が出る程痛い。
「あーあ、一番お兄ちゃんなのに泣いちゃったね」
4歳児達は浩平を指差して大笑いしている。
次の注射は、ちゃんと受けよう。
でないと……
浩平は誓った。
だが彼は知らない。
次の当番が伯父であることを。
「おや、浩平おしっこかい?よかったら、おむつもあるんだぞ」
伯父は甥っ子を苛めるのが楽しくて仕方がないらしい。
思わず、前を押さえて逃げ去る浩平を、まだ4歳児達は笑っていた。