この5年3組で誰が一番モテそうな男の子かと問われれば武村勇太だという
返事が返ってくるだろう。
ジャニーズ系を少しワンパクっぽくしたような顔立ちに、クラスで2番目に高い身長、
ちょっとだけ筋肉のついた体。
学年で3番目ぐらいにはスポーツが得意で、3よりは5の方が多い通信簿。
何より、小さな弟がいるので口は悪くても優しくて面倒見が良いのだ。
これだけの好条件を揃えておいて女の子にモテない訳がない。
「武村くんってイイと思わない?」
「そりゃあ、イイとは思うし、校内の男子の中ではピカ一よ。でも……」
「そうよ、ラブレターだけは止めた方がいいと思う」
「そうそう、勇太は見てるのが楽しいの」
そんな会話の幾つかは勇太の耳にも入っている。
初恋の相手は学校の先生だった。
まだ同世代の女の子の目を気にするような柄でもない。
それでも、自分が恋愛対象から外されていることには少なからず不満がある。
「ゆ〜う〜た〜っ」
天敵、市野瀬虎太郎が後ろから抱き付いてくる。
勇太とは対照的に甘えん坊な男の子だが、体育以外は全部5という頭の良さ
で女の子のように綺麗な顔をしている。
「もー、暑いからベタベタすんなって言ってるだろ」
「だって〜、僕、勇太のこと好きなんだもん」
「俺はオカマじゃねえ!」
「怒っちゃった?」
じっ。
虎太郎は小動物のような瞳で勇太を見詰める。
たじっ。
「お、怒ってねえよ」
何故か本気で怒れない。
「よかった〜!」
「だから暑苦しいって言ってんだろうが」
そんな様子を女の子達が見物している。
「ね、武村ってばホモなんだから」
「本気でホレて泣きを見るのもイヤだしね」
「もったいないんだけどね」
「でもさ、ホモなのは市野瀬の方だけじゃないの?」
「馬鹿ねえ、勇太に告白なんかしたら市野瀬が怖いのよ」
視線の先にはニコニコとしながら仏頂面の勇太に絡みついている虎太郎の姿
があった。
この天敵が存在する限り、勇太は『鑑賞用』で在り続ける。
だって、見てる方が確実に面白いのだから。
「あれ?勇太ってプリン持って帰るの?」
男ばかり5人で机を寄せ合って給食を食べている。
食べるのが早い勇太は、既にスーパーの特売コーナーで3個パックで売って
いる奴よりも安っぽいプリンを残すのみとなっているのだが、それを持参した
ビニール袋に入れて仕舞い込もうとしているのだ。
「ああ、弟が欲しがってたから」
今時、給食のデザートを弟妹に持って帰る子供は少ない。
というよりO157騒動以来、給食に出たものは持って帰らないように指導
されているのだ。
「ふ〜ん、弟がいるんだ」
「顔似てる?」
「あんまり似てない」
「なんだ」
何故か血が繋がっていると顔が似ていることを期待され、似ていないと知る
と失望される。
「勇太ってばプリン好きじゃなかったっけ?」
虎太郎が問う。
「シュークリームよりは好きじゃない」
勇太が素っ気無い返事をする。
そうか、勇太の好物はシュークリームだったのか。
給食には出ないから分からなかった。
その次の土曜日。
「ねえ、勇太今日うちに遊びに来ない?」
いつものように抱きつきながら虎太郎が言った。
「別に用事なんかないもん」
家に帰って弟と遊んでる方がよっぽど楽しい。
「そこを遊びに来るのが、友達ってもんだろ?」
「行かないったら行かない」
じっ。
またこれだ。
「ゆーた、僕のこと嫌い?迷惑?」
たじっ。
「わ、分かったよ。行くよ、行きゃあいいんだろ」
何故かこいつには逆らえない。
2人は1時間もしないうちに手を繋いで下校した。
るんるんと嬉しそうな虎太郎と、少し固まった笑顔をしている勇太。
後ろではやっぱり女の達が、ひそひそと噂をしている。
「ここが僕の家だよ」
虎太郎が示した家には確かに『市野瀬』という表札が掲げられている。
「すっげ〜!」
お屋敷というよりは、ちょっとしたマンションのように見えるがそれは共同
住宅ではなく全部が個人の家なのだ。
二間を家族4人で使っている勇太の家とは大違いだ。
こいつ、お坊ちゃんだったんんだ。
だから、ワガママだったんだな。
玄関を開けると執事らしい男が挨拶をするし、廊下ではメイドが掃除をして
いる。
まるで漫画のようだ。
まさかこんな家が現実にあるとは思わなかった。
「うわ〜!」
虎太郎の部屋は勇太が弟と父親とで使っている部屋の10倍ぐらいはあって、
多くのゲーム機や漫画の本、プラモデルなんかで埋め尽くされていた。
どれもこれも、誕生日におねだりしたいのを『お兄ちゃんだから』我慢した
品物ばかりだ。
男の子に特有のキラキラとした輝きを眼に浮かべている勇太を見て
「どれでも持って帰っていいよ。またお父さんに買ってもらうから」
と虎太郎は言いたかったが、勇太の性格を熟知しているので言わなかった。
まあ、いいさ。
切り札は用意してあるんだから。
コンコンとメイドが扉を叩いて、用意されていたおやつを持って来た。
お盆に山盛りのシュークリーム。
年に何回か伯父さんが持って来てくれる個別に袋に包まれた物とは違う。
握り拳よりも大きいサイズ。
皮の芳醇な香りが漂ってくる。
それが、その辺の店で買った物ではなく、行列の出来るような店の高価な品
だろうということは勇太でも分かった。
しかも、2つ以上一度に食べた事が無いっていうのにこれは30個ぐらいは
ある。
1人辺り15個。
半分は弟にお土産にしても7つも食べられるのだ。
「……なあ、これって高価いんじゃないの?悪いよ」
「いや、うちのコックさんに作ってもらったから気にしなくていいよ。お菓子
が得意な人でフランスで修行してたからシュークリームは得意なんだ」
勇太は、その時まで自分の好物がフランス料理だとは知らなかった。
それにしても、フランスで修行をしたコックだなんて。
「う、美味い……」
勇太は絶句した。
カスタードクリームが一杯に詰まっていて、とっても甘い。
これに比べたら、今までのシュークリームなんかニセモノだ。
涙が出るぐらいに美味い。
こんな物を食べ慣れたら、安物のシュークリームなんか食えなくなる。
そう思うと胸が一杯になって、3つが精一杯だった。
虎太郎は、そんな勇太の顔を幸せそうに眺めていた。
「ね、タダで帰ろうってんじゃないよね?」
「ふにゅ?」
ティーパックではない香りのキツイ紅茶をカップに注ぎながら虎太郎が口に
した言葉に、赤ん坊のように幸せそうな顔をしてクリームで顔と手をベタベタ
にしている勇太が怪訝そうな声を発する。
口の中のクリームに未練を残しつつ、大慌てで紅茶を使って流し込む。
「俺になんかさせる気?」
まさか、Hなこととか?
「勇太の嫌がることなんかしないよ」
と相手の頬に付いたクリームをペロっと舐める。
「な、なんだよ?セックスさせろとか言うんじゃないだろうな?」
「あのね、僕は、コギャルを買ってる中年のおじさんじゃないんだよ」
「だったら……?」
「おじゃましま~す!」
嬉しそうな顔をした虎太郎が勇太ん家の玄関に飛び込んでくる。
「あれ?ご両親は?」
首を軽く左右に振るだけで全てが見渡せる家の中には、幼稚園ぐらいの弟が
いるだけだ。
「ああ、父ちゃんはトラックの運転手だから3日に1度しか帰って来ないし、
母ちゃんは夜の仕事だから、さっき出掛けたんだと思う」
「ふ〜ん」
虎太郎の要求は、ちょっと意外だった。
勇太の家で夕食が食べたいと言い始めたのだ。
「あ、これお土産ね」
虎太郎は、さっきの残りのシュークリームを積めた袋を弟くんに手渡す。
「わ〜っ、シュークリームだ〜、こんなにいっぱい〜!」
「こら、晩御飯を食べてからだぞ」
「うん」
弟くんは嬉しそうな顔をして冷蔵庫にしまいに行った。
(あの子、何処となく僕に似てる)
そう顔はちょっとしか似ていないのだが、雰囲気が何処か似ているのだ。
「虎太郎、夕飯はレトルトのカレーだけどいいな?」
「うん、なんでもいいよ」
勇太はちょっと気が引けていた。
こういう環境に置かれれば、大抵は料理ができることになっているのだが、
自分は料理なんてできない。
基本的に母親の作ってくれた物をレンジでチンするだけだ。
シェフのシュークリームとレトルトのカレーしかも甘口じゃあな。
それでも、虎太郎は文句も言わずにパクパクと美味しそうに平らげている。
そういえば、給食だって残したことがない。
意外と厳しく躾られているのかもしれない。
弟は、シュークリームが気になってカレーどころではないらしい。
「……いいよ。残りは兄ちゃんが食べてやるからシュークリーム食っても」
「やったあ!」
その言葉が終わらないうちに顔をクリームでベタベタにしはじめる。
口に入っているのに、両手に持ってて、目の前のは山積み。
そんな嬉しい経験は初めてのことだった。
「えへへ……」
食べても食べても無くならない大好物。
それを持って来た虎太郎は、素敵なお兄ちゃんだった。
元々が人懐っこい弟くんが懐くのに時間は掛からなかった。
「ゆ〜た〜!」
「兄ちゃ〜ん!」
弟が倍に増えた。
そんな感じだった。
本当に、こいつらの行動パターンって似てる。
食器を洗っている最中から、遊ぼう遊ぼうとまとわり付いてくるし、風呂に
入れたら頭を洗うのを嫌がるし、俺のちんちんを引っ張ろうとするし。
おまけに布団を敷いたら、下着姿でプロレスごっこ始めちゃうし。
……?
虎太郎ってば、家に帰らなくてもいいのか?
あんまり、自然に馴染んでるんでうっかりしてた。
見ると、さっきまではしゃいでいた二人はもう眠っている。
「まあ、明日は休みだしいいか。朝、母ちゃんに言い訳するのが大変そうだけ
どな」
そう言いながら、二人に掛け布団を掛けてやる。
そして、自分も布団に入ると紐を付けて長くした蛍光灯のスイッチを引っ張
ってパチンと消した。
すると、モゾモゾと何かが近づいてきた。
パジャマを着る時はブリーフを履かない。
その方が楽だから。
でも、今はちょっと後悔していた。
ゴソゴソと侵入して来た手に、大事な部分を鷲掴みにされる。
「お、おい、冗談やめろよ」
「お風呂で見たんだけど、勇太のって思ってたよりカワイイんだね」
「お、お前のが大き過ぎるだけだ!」
「静かにしないと弟くんが起きちゃうよ」
「や、やめろよ。変なとこ触んなよ」
「ちょっとだけだよ」
朝、勇太はブリーフを履かない習慣を心底、後悔していた。
シーツの方は何とか拭き取ったが、パジャマの方はそういうワケにいかない。
コッソリと洗おうとして、しっかり母親に見付かってしまった。
でも、友達の前で、夢精を叱るワケにはいかないと思ったのか、ニヤリと笑
っただけで見逃してくれた。
それからおよそ1ヶ月後。
「あのさ……」
「なんだよ勇太」
「アレが出るってことはさ……」
「ハッキリ言えよな」
「……お前の夢を見ると夢精しちまうんだよ」
「ふ〜ん」
「ふ〜んって…お前、男に惚れられて気持ち悪くないのかよ」
「別に平気だよ。で?僕に頼みがあるんでしょ?」
「……お前ん家に泊まりに行っていいかな?」
「ど〜しよっかなあ〜っと」
「頼むからさ〜、虎太郎ってばさ〜」
「暑苦しいからくっつくなよな」
夏休みは終わったが、二人の暑い季節はこれから始まろうとしていた。