お子様探偵の事件簿12000/5/7UP 事件は或る夏の日に唐突に起こった。 5年生になって始めてのプール授業。 まだ陽に焼けていない白い肌に紺色のスクール水着を着用した子供達は 久し振りの水の感触を楽しんだ。 授業にならないことは分かりきっていた。 校舎の窓には羨ましそうにプールを眺める顔が幾つもある。 「うーっ、この感触、久し振り」 消毒槽に下半身を浸した、丸山新はそう叫んだ。 「おーい、あらた。後がつかえてんだから、さっさと行けよ」 仲良しの祭太一が、新をせかせる。 半分遊びのような楽しい授業が終わって、女子はプールの脇に作られた更衣室へ向かい、 それと別れた男子はペタペタと5年3組の教室に戻って行く。 更衣室は女子にしか用意されていないのだ。 水着姿で廊下を歩くのは何となく気分がイイ。 但し、バスタオルでよく拭いておかないとポタポタと水滴を落としながら歩くことになる。 それは、先生に怒られるのだが、同時にオモラシでもしたみたいに情けない。 1年の時にはバレナイと思ってオシッコをしながら歩いた奴もいたが、股間をみればバレバレである。 「あれ?俺の服が無い!」 「僕のも」 「あっ、俺のもだ!」 教室に戻った男子がアチコチで驚きの声を上げる。 クラスの男子15名分の着替えがシャツもズボンもパンツまでが何者かによって盗まれていたのだ。 慌てて掛け付けた担任の佐藤先生は、水着の上から体操服を着るように指示を出した。 「えーっ、体操服なんて持ってないよ」 「持ってない者は、他のクラスから借りてきなさい」 先生も生徒も走りまわり、騒ぎが取り敢えず、収まったのは30分ぐらい経ってからだった。 学校側では、悪質な悪戯として処理した。 犯人を探せと強行に主張する保護者も何人かいたが、校長の「そこまでしなくても」という台詞に誤魔化された。 そんな中で、『名探偵』を自称する男子生徒が事件の犯人を推理しようとしていた。 新と太一のコンビだ。 クイズが得意で推理小説が好きな彼らは、去年の夏休みに近所の商店街が企画した 『ミステリーツアー犯人当てクイズ』で大人達を差し置いて一番に犯人を指摘して話題になったのだ。 二人に言わせれば、有名な小説の変形に過ぎないのだが自信タップリに参加した大人たちの9割は 犯人が誰か分からなかったそうだ。 「まず怪しいのは他のクラスの奴だな」 と太一が言った。 「でも、動機が無い」 と新が返す。 「でも、うちのクラスの奴は男も女も全員プールにいたんだぜ」 「そうでもないさ。見学してた女子も何人かいた。彼女達は着替える必要が無いから、 俺達より早く教室に付けた筈だ」 「でも動機は?」 「恨みだよ。見学してた中里さんって一昨日、田口に泣かされてたじゃないか」 「すると犯人は、中里さん?」 新が太一のおでこをパチンと小突く。 「ば〜か!早く付けるたって2,3分だろ?どうやって服を盗んで隠すんだよ」 「すると犯人は?」 「分からないけど……悪戯じゃない気がする」 「なんで?」 「だって悪戯なら、わざわざ服を全部持っていく必要なんて無いじゃないか。 15人分の着替えってかなりの量だぜ。俺だったらパンツかズボンだけ持っていく。 それかハサミで服を切っちゃうとか」 「じゃあ、何で服を全部持っていったんだよ?何かが欲しかったのか?」 「……違うと思う。よく分からないけど何かの必要があったんだよ」 お子様探偵も推理をするには材料が少な過ぎた。 だが、同級生の中でそこまで考えた者はいなかった。 しかし、盗難事件は序章に過ぎなかったとは、流石の新たも気が付いてはいなかった。 事件の第2幕は、インターネットのHP上で起こった。 この学校でも、文部省の指導の元にHPを開設しているが、よせばいいのに掲示板まである。 それも画像まで掲載できる凝ったものだ。そういうことが好きな中谷先生が作った。 その掲示板に『面白い物が見れるよ』というメッセージと共に別のHPのURLがリンクされていたのだ。 困ったことに、そのHPは誰でも無料で開設できるサーバー上に開設されており、 犯人を特定することはできそうになかった。 クラスの女子は面白がって、画面のプリントアウトを見せびらかして回った。 男子の多くは、顔を真っ赤にして、プリントアウトを破り捨てた。 だが、問題のHPが存在する限り、そんな物は幾らでも出力できる。 『5年3組の男の子のパンツ』と題されたHPには 盗まれた15人分のパンツの画像が掲載され、名前と解説が付けられていた。 "股の所が特に黄色く汚れている。汚れ度C" "洗濯をしていないらしくヨレヨレ。汚れ度B" "黄色い染みどころか茶色い筋まである。汚れ度A" "小学生の癖に、カラーブリーフ。オッサン臭い" "全体に染みが有る。おねしょパンツか?" "トランクス。この大きさではダブダブだろうに" など簡易ではあるが、屈辱的な内容である。 新と太一の元には、犯人を推理してくれという男の子が詰め寄った。 それまでは、呑気に構えていた新も本気で推理をする必要に迫られた。 「分かった。来週までには何とかするから」 そう言って、誤魔化した。 まさか、全然分からないとは言えなかったから。 「犯人は、どうしてこんなことをしたんだろう?」 太一が不思議そうに言った。 「クラスの誰かに、或るは全部に恥を掻かせたかったんだと思う」 と新が答える。 「恥?」 「ただの愉快犯にしては手が込み過ぎてる。それならパンツを盗むだけで充分じゃないか」 「何で恥を掻かせたかったんだろ?」 「うーん、本人が恥を掻かされたんじゃないかな?或るいは、そう思ったとか」 「じゃあ、あらたに恨みを持つ奴の犯行だな」 太一がそう言うのには根拠があった。 他の男子は盗まれたパンツの画像と解説だったが彼だけは違っていたのだ。 "幼稚園児みたいなアニメ柄。大人ぶってもお子様である" と盗まれた筈のトランクスとは別のパンツが掲載されていたのだ。 「そうとは限らない。俺を煽って推理ミスをさせようとしてるのかもしれないし」 「で?本当は誰が犯人か分かってるんだろ?」 太一が期待に満ちた表情で新を見る。 「いいや、範囲が広過ぎて見当が付かない」 「なあんだ」 「でも……いや、止めとこう。分かるように細工はしてきたし」 「細工?」 新は不思議がる太一をそのままにして、机の横のパソコンを操作して問題のHPを開く。 「違っていて欲しかったのに……事件解決だよ」 お子様探偵は、悲しそうな表情で言った。 翌朝、早目に登校した二人は職員室を訪ねると相談があると言って佐藤先生を呼び出した・ 「佐藤先生が犯人だったんですね」 「何を証拠にそんなことを言うんだい?」 「例のHPに画像をUPしたでしょ?」 問題のHPには、新の新しい画像がUPされていた。 「あの写真は誰かが悪戯して学校のHPの掲示板にUPしてた奴じゃないか。つまり誰でも入手できる」 「その言葉が証拠です。あの写真は掲示板になんかUPされていないんです。 昨日誰かが先生の机の上のノートパソコンを触ったでしょ?」 「ん?……ああ、学校のHPの掲示板が開いたままになってた」 「すみません。あれ僕がやったんです」 「丸山が?どうして?自分でもパソコンを持ってるだろ?」 「先生が見たのって、HTMLファイルではあっても学校のHPじゃなかったんです。 僕が学校のHPを取り込んで細工した物だったんです。先生、ファイル名を見ないで画像を取り込んで 終了しでしょ?だからあの画像を持ってるのって先生だけなんです」 佐藤は笑い出した。 「やられたな。まさか小学生にしてやられるとは思わなかったよ」 「どうして、パンツだけじゃなくって全部盗んだんですか?」 「気付いてるんだろ?騒ぎを大きくする為だよ。パンツだけだと上からズボンを穿いて知らん振りされる 恐れがあったからね」 「でも、どうしてこんなことしたんですか?」 「ただ、何と無くな」 「何と無く?」 「ああ、丸山や祭には分からないかもしれないが、ただ、解答が示されるのを待ってるだけの子供らに 答えの出ない問題を出してやりたかったんだ。テレビみたいに次の週まで待てば答えの出る問題じゃなくてな」 「ごめんなさい」 「そう、結局は探偵が出て来て答えを出してしまった。でもどうして僕が犯人だって分かったんだい?」 「何と無くです」 新も佐藤と同じ台詞を言った。 新と太一は悩んでいた。 佐藤先生をどうすればいいのか。 テレビならここで刑事が出て来て手錠をはめるのだが、そんなことは期待できそうにない。 「ところでな丸山」 「はい?」 「お前は致命的なミスをやらかしたぞ」 「何ですか?」 「おとりに使った写真だよ。今頃、クラスの女子が学校中に見せて回ってるぞ」 「あっ…」 お子様探偵は、そこまでは考えていなかった。 しまった。 小さい頃のオネショの証拠写真なんか使っちゃったんだ。 太一の恥ずかしい写真にしておけばよかった。 |