赤いズボンの男の子５
2000/12/25ＵＰ
注）先に『赤いズボンの男の子』１〜４をお読みください。でないと話が通じません。
（解説）
半ば即興のクリスマスネタ。
書くまで悩んだのに、書いたら勝手に動いて仕上がりました。
あきらくん、恐るべし。
カランコロン。
「遅くなって、ごめ〜ん！」
おねえちゃんが店に飛び込んで来た時、ボクは"山下達郎"を熱唱していた。
今日は、おねえさんの喫茶店でクリスマスパーティをしてるんだ。
飾り付けはボクの背丈ぐらいのツリーとサンタの格好をしたボクだけなんだけど。
「あきら…もうちょっと子供らしい歌は唄えないの？」
え〜っ、だってクリスマスといえばこれじゃないか〜
今年のシングルは、もう一度買わせようという魂胆の新バージョンなんだよ。
ゴツン。
「８歳の子の発言じゃないでしょ。それは」
痛った〜い。
だって、ヒロシ兄ちゃんが教えてくれたんだよ。
「まあまあ、アキ坊に唄ってくれって頼んだのは僕らなんだから」
そう言って庇ってくれたのは、常連客の佐藤さん。
何してる人か知らないんだけど、いつも暇そうにコーヒー飲んでて、色んな
ことを教えてくれる人なんだ。
え〜とね、パーティって言ったけどボクとおねえさんと佐藤さんしかこの場
には居ない。
他の人はもっと遅くに、ボクが寝ちゃってから来るんだって。
やっぱり、佐藤さんはヒマなんだと思う。
「さっきは、"恋人がサンタクロース"を唄ってくれたし」
頭をなでながらべんごしてくれる。
優しい人なんだけど、ボクのことを『看板娘』とか言って女の子と間違えたんだ。
怒ったら、女の子扱いしてないよって言って"アキ坊"って呼ぶんだ。
「……確かに、子供っぽさには欠けるわね」
え〜っ、おねえさんだって上手い上手いって誉めてくれたのに〜
「えーと…」
「あっ、佐藤と言います。会うのは初めてですね。でも直ぐにアキ坊のお姉ち
ゃんだって分かりましたよ。顔がソックリですから」
ボクはワザとおねえちゃんの横に並ぶ。
へへへ、そっくりでしょ？
「ヒロシ君の初恋の人なんでしょ？」
「えっ？」
おねえちゃんは驚いたように聞き返して、おねえさんの方を見る。
ボクもそんな話は知らない。
「あれ？知らなかったっけ？」
おねえさん達も前はボクの家の近所に住んでて、おねえちゃんとは幼馴染な
んだって。
もしかして、ヒロシ兄ちゃんがボクに優しいのって『初恋の人』の弟だから？
それともおねえちゃんに似てるから？
やだなあ。
ボクはボクなのに。
自分でも分からなかったけど、なんだかちょっとイヤだった。
ヒロシ兄ちゃんが、大きな額縁を抱えて下りて来たのはその時だった。
「ごめん。ごめん。最後に手直ししてたから」
そして見せてくれたのは、ネコの絵だった。
短いけどふわふわした青い毛の猫。
後ろには三日月が浮かんでいる。
でも、漫画の猫みたいに２本足で立ってるんだ。
上手だけど、ちょっと可笑しいよ。
「ほう。ケット・シーだね」
と佐藤さんが言った。
ケット・シー？
この店の名前なんだけど、それって何？
「ええ、店の壁が寂しいんでどうせならって思って描いたんです」
「流石に美大生。上手いもんだ」
と佐藤さんが感心する。
ねーねー、ケット・シーって何？
「ケット・シーって言うのはイギリスのケルト神話に出てくる猫の妖精で、普
段は机の下で普通の猫のフリをして寝てるんだけど、月夜になると２本足で
立って踊りを踊るんだ。でもそれを人間に見られると居なくなっちゃうんだ」
どうして？
「秘密がバレると姿を消さなくちゃダメなんだ。テレビのヒーローだってそうだろ？」
うん。最近のは最初からバレてるけどね。
「それで姿を消す時に、お世話になった人には宝物の在処や幸せになるおまじない
を教えてくれんだけど、意地悪をした相手には仕返しをするんだ」
ふーん。
「ヒロシも下りて来たことだし、ケーキでも切りましょうか？」
わ〜い。
ボク、サンタさんの所がいいなあ。
えっ？
サンタさんがサンタさんを食べてるって？
物知りの佐藤さんが、クリスマスのお話をいっぱい教えてくれた。
サンタさんはフィンランドって国に住んでるって話とか、アメリカの新聞に
サンタは本当にいるんだって書いてあるだってこととか。
ウソだ〜って言ったら、配ろうと思ってって言うクリスマスカードを見せて
くれた。
そこには
サンタクロースがいるというのは、決して嘘ではありません。
この世の中に、愛や、人への思いやりや、真心があるのと同じように
サンタクロースも確かにいるのです。
サンタクロースを見た人はいません。けれども、それは、サンタクロースがい
ないという証明にはならないのです。 この世界で一番確かなこと、それは、
子供の目にも、大人の目にも、見えないものなのですから。
って書いてあった。
ふああああ。
ボクがあくびをしたらヒロシにいちゃんが２階に連れて行ってくれた。
ねえ、ボク、ヒロシ兄ちゃんの部屋で寝たいな。
散らかっててもいいからさ。
いつものピンクのクマさんパジャマを着せてくれてヒロシ兄ちゃんは部屋に
入れてくれた。
そこには描きかけの絵が置いてあった。
天使の絵なんだと思う。
ヒラヒラとした服を着てて、背中には翼が生えてる。
そして、顔は…
おねえちゃんの顔だった。
綺麗な絵なのに何だか腹が立ってきた。
この顔ってさ…
「あ、ごめん怒った？」
怒ってないよ。だっておねえちゃんのことが好きなんでしょ？
「勝手にアッ君の顔を描いたりして」
えっ？ボクの顔。
「天使ってね、男でも女でもないんだ。まだ子供なんだね。それでいて誰から
も愛される…そう思ったらアッ君の顔しか浮かばなくってさ」
子供って言われたことはイヤだけど、ボクはまだ子供だもんね。
まだ子供だから、テレビのドラマで言ってる"愛"がどんなものか分からな
いけど、本当に大切な物は目に見えないんだもん。
でもサンタさんが本当に居るのと同じように本当にあるんだよね。
恋人がサンタクロースなんて唄っちゃったけど。
ボクはボクよりは背の高いサンタさんの顔をじっと見詰めた。
だって、玩具屋から出てくるの見てたもん。
「それじゃ、おしっこして寝ようか？」
あ〜っ、何となく雰囲気出てたのに〜
ホワイトクリスマスってロマンチックかもしれないけど寒いからヤだな。
「寒くってもトイレには行かないとダメだぞ」
分かったからさ。
パンツの中にタオルを入れるのはやめてよね。 |