プロローグ 失われたことば
いま僕たちの長い旅路は終わる。 そして世界に別れを告げる。 二人の哀れな魂は天に召されるだろう。 ◇ 本当に構わないのか? ――えぇ。私はこの日のために生を受けたのですから。 ありがとう……。 今日までずっと僕の側にいてくれて。 ◇ 私は哀しみの中で生まれた。 あなたの涙が私の血となって、 この冷たい体に命を吹き込んでくれた。 だから私は、いつでもあなたと共にある。 あなたを傷つけようとするもの全てから、 この手で守ってみせる。 ◇ 捨て石となろう。 もう誰も僕や彼のような思いをしなくてすむように。 ――えぇ、最後までお供します。 後は彼が必ず……。 ――私もそう信じています。 ◇ そして私は願った。 あなたの哀しみを 私にください。 あなたの胸の痛みを 分けてください。 降り続く氷雨のようなその涙が、 もうあなたの瞳を曇らせることがないように。 さらに そうすることが 私が本当の魂を得られる道でもあるのなら……。 ◇ ◇ 山のように巨大な《樹》は雲間にまでその梢を延ばし、さらに天空へと続い ている。そのまわりでは無数の光の花が一瞬咲き、そして散っていく。見た目 には美しい輝きであっても、それは燃え尽きる命が放つ最後の残り火なのだ。 翼をもった青白い光が、いま飛び立った。 そびえ立つ巨木の塔の側面を疾風のごとき速さで上っていく。 大小様々な黒い影が光に向かって殺到してくる。 光はその影を全て打ち払いつつ、たちまちのうちに上空へと消えていった。 しばらくして、大地を揺るがすような轟音とともに《樹》の遥か上方に閃光 が走った。それが引き金となって、いくつもの爆炎が天上に巻き起こり始める。 全ては間もなく終わった。 だがそれは新たな始まりをも意味していたのである。 そして今、もうひとつの物語への扉が開かれる。