HYBRID-FANTASY A L P H E L I O N アルフェリオン

 

 第36話

Copyright (C) 1998-2007. Hayato KAGAMI

「君がミトーニアで会ったのは、ただの傭兵のシェリルだ。内緒だぞ」
 彼女はルキアンの頭に手を置き、彼の髪を軽く揺すった。
「今度会うときには、もっと強くなっているように。期待している、《オーリウムの銀のいばら》、ルキアン・ディ・シーマー」


 2.

 ――ザックスの兄貴、すまねぇな。後のことは頼む。
 突然の念信。相棒のパリスから届いた心の声は、達観したかのように妙に澄み切った調子を帯びていた。あまりに静かな思念の波が、かえってただならぬ事態を思わせる。
 ――パリス、どうした? 応答しろ!!
 なおもレーイと戦闘中のザックスは、最悪の結果を直感的に予想せざるを得なかった。信じたくないが、パリスからの次の知らせは、その予感が的中したことを告げていた。
 ――例の白銀のアルマ・ヴィオは危険だ。高速型への変形に気をつけろ。俺はここまでのようだが、差し違えてでも、こいつを……。
 言葉の背後にあるのは、失われゆく命。長年の戦友からザックスへの返事は、それが最後だった。

 相手の動きが微かに鈍くなったことを見逃さず、レーイが鋭く斬り込む。手練れのエクター同士の戦いにおいては、刹那の隙によってさえ戦いの行方が大きく変わってしまう。カヴァリアンの手に輝く光の剣が、一振りごとにいっそう近く、レプトリアの機体に肉薄する。
 ――ちっ、ひとまず退くしかないか!?
 崩れた体勢のまま、今の攻防の流れの中でレーイの剣を受け続けていては、じきに回避しきれなくなる。ザックスは瞬時にそう判断した。驚異的な跳躍力でレプトリアが背後に飛び退く。
 ――あれほどの戦士が……いま一瞬だが、たしかに動揺した。
 レーイは敢えて深追いせず、周囲に気を配っている。この距離を一太刀で詰めて、ザックスに攻撃を浴びせるのは不可能だ。後手に回った後、かえって敵に主導権を与えることになる。カヴァリアンは悠々と光の盾を構え、敵に対して十分に優位な位置関係を築こうとしている。激戦の中でも我を忘れず、滅多なことでは熱くならないレーイらしい動きだった。
 頼みの先鋒を封じられ、一騎当千の繰士を失うことになったナッソス軍は状況を不利とみたのか、ザックス以下、いったん退却を始める。

 ――レーイ、無事か。それにしても、さっきの急襲も敵ながら見事だったが、引き際も整然としたもんだな。
 聞き慣れた声で念信が入った。クレメント兄妹の一方、兄のカインからである。
 ――ナッソス家の本隊を城門付近に到達させないよう、何とか押しとどめたよ。お前があの黒いやつを引きつけておいてくれたのと、サモンやプレアーが空から上手く援護してくれたおかげで、この大物を抱えて降下できたからな。
 銃身の長い巨大な魔法銃を担いで、後方から味方のアルマ・ヴィオが近づいてくる。その特別製のMgSドラグーンは、強固な装甲に身を包んだ陸戦型の重アルマ・ヴィオでさえ一撃で仕留めるだろう。他にも両肩に多連装のMgS、背中には口径の大きい長射程MgSが2門――普段にも増して火力を強化した《ハンティング・レクサー》だ。

 ◇

 上空に浮かぶクレドールでも、歓声の渦が巻き起こっている。
「ルキアン君が! 勝った……。アルフェリオンが勝ったわ!!」
 念信装置の前に座っていたセシエルが、ルキアンからの報告を受けて思わず叫ぶ。これほど興奮気味の彼女の姿を目にするのは、仲間たちにとっても珍しいことだ。単なる勝利ではなく、見るからにか弱そうな新参者の少年が強敵を倒したという状況に、彼女も多少なりとも感激したのだろうか。
「あぁ、勝ってもらわないと困るとは思ってたけど、本当に勝っちまうなんて。すごいな。敵のアルマ・ヴィオは、あのレーイが苦戦していた相手と同じ機体だろ?」
 敵軍が城の方に撤退してゆく様子を《複眼鏡》で追いながら、ヴェンデイルが言った。
 士気の上がる艦橋で、クレヴィスだけは普段と同じく微笑している。
「ふふ……。カル、私が言った通りだったでしょう。別の主役たちがいて、脇役たちがいて、形の上では筋書きも決まっているような、そんな《舞台》に横から出てきた彼が――本来なら《端役》であるはずの目立たない一人の少年が――いつの間にか物語全体を違う方向に持っていってしまう。そういった不思議な力がルキアン君にはある。結局、今回も彼によって《因果の流れを変えるダイス》が振られたのですよ」
 クレヴィスの言葉にカルダイン艦長が黙って頷いた。相変わらず言葉は少ないが、普段よりも幾分、その表情は機嫌良さげに見える。

 ◇

 同じ頃、勝利に沸くギルドの面々には知るよしもないところで……。
 音も光もない暗闇に、不意に鬼火と共に何者かの声が浮かんだ。
「《御子》の中でも最も小さき光でしかなかった者が、まさかこれほど急激に目覚めつつあるとは。やはり恐るべきは、エインザールを継ぐ《闇の御子》よ」
 地底の割れ目から吹き上げる風の音、あるいは竜の寝息を思わせる不気味な空気音と共に、しわがれた声がする。
「この18年の間、《予め光を奪われし生》の中で生ける死人も同然であったあの者を、何がそうさせた? なるほど、それが人の《想いの力》だとでもいうのか」
 宙に揺れる青白い炎を浴びて、鈍く光るのは黄金色のマスク。それがひとつ、またひとつ、不可思議な空間の中に姿を現す。
「だが、この戦いで、闇のパラディーヴァは相当に消耗した様子。あの《封印》を越えて召喚に応えることを何度も続ければ、あやつでも無事では済むまい。おそらく次で消え去るだろう」
「いかに《御子》とはいえ、所詮、《人の子》のあがきなど……我ら《時の司(つかさ)》の前では、塵が風に舞う程度の現象にすぎぬ」
 あやかしの笑い――餓狼の遠吠え、けたたましく鳴くカラスの声、悟りきった老賢人の高笑い、そして幼子のごとき声、あるいは伝説の魔女を思わせる冷たい微笑――それらがすべて混じり合い、木枯らしや地鳴りのような音と共に、がらんどうの闇に響いては消えてゆく。こんな声を立てるものなど、この世には、あるいは、あの世にすら居ないかもしれない。

戻る | 目次 | 次へ