HYBRID-FANTASY A L P H E L I O N アルフェリオン

 

 第39話

Copyright (C) 1998-2007. Hayato KAGAMI

 力自体に善悪はなく、使う者しだいで善にも悪にもなる。
 そんなことは私にだって分かります。
 分からないのは……
 それなのになぜ神様が、悪い人にまで
 力をお与えになるのかってことです。
 (リーン・ルー・エルウェン)


 1.

「こういうの、知ってる? 元々はナパーニアの古い剣術なんだけど」
 意味ありげにニヤニヤ笑いながら、ファルマスは手にしたサーベルを鞘に戻した。
 ――戦いの最中、抜いた剣を収めた? そして再び斬り込む姿勢……。
 少し意表を突かれたヨシュアンだが、顔色ひとつ変えず剣を構える。
 ――おそらく一撃必殺を狙った抜刀の技。初撃の速さで勝負する気か。
 剣の柄を握ったまま、ファルマスは相変わらず憎らしげに笑っている。目を細め、緩む口元。満面の笑みが完成したと同時に、一陣の風のごとくファルマスの姿が消えた。
 激しく鋼のぶつかり合う音。大柄なヨシュアンの懐に、ひとまわり小さいファルマスが踏み込んでいる。つばぜり合いの中、ファルマスがおどけた声でささやく。
「あれぇ? 今のも防がれちゃった。僕の切り札だったのに……」
 彼は残念そうな顔で言ったかと思うと、何の気配もなしに次の一撃に移った。
「なぁんて、嘘だけど」
 目を爛々と輝かせ、ファルマスはヨシュアンの方を見る。先ほどまで互いの剣を交えていた二人だが、ヨシュアンは瞬時に退いていた。
「へぇ、今のもかわしたの。すごぉい。正直、あり得ないよ」
 わざとらしく、極端に緩慢な口調でファルマスが言う。彼は右手に剣を携え、もう片方の手を、左の拳を眺めて首をかしげた。
 ヨシュアンは対照的に無表情に剣を構えている。相手を凍り付かせるような鋭い眼差しで、彼はファルマスを見やった。
「なるほど、今の打撃、ただの格闘慣れした剣士というレベルではあるまい。小細工というには過ぎた技だな……。拳法の修行でも積んだのか」
 ファルマスは大げさに拍手した。
「さすが団長! あんなに密着した状態で拳の技が来るとは、予想してなかったでしょ? でも結局、かわしちゃうんだもんな」
 その言葉が終わらぬうちに、いつの間にかヨシュアンの目の前でファルマスが笑っていた。空間を飛び越えたかのように、息のかかりそうな距離まで近づいている。
「何!?」
 ヨシュアンの剣が空を切る。ファルマスは再び間合いの外に立っていた。
「こういう特殊な足運びの技も、僕は知ってる。あ、そうそう、魔法じゃないよ。瞬間移動だって思った? で、魔法っていうのはね……」
 だが言葉の途中で、ファルマスの無駄口を剣の閃きが遮った。ヨシュアンもさるもの、同様に一瞬でファルマスとの間合いを詰め、十分な防御の余裕も与えぬまま、怒濤のごとき斬撃を次々と打ち込む。目で追いきれぬほどの速さで、豪雨のように襲いかかるヨシュアンの剣。ファルマスは一方的に守勢に追い込まれ、一歩、また一歩と退いている。
 剣技にキレがあるのは勿論、ヨシュアンは腕力も半端ではない。彼の一撃は重く、その力をかろうじて受け流しているファルマスの剣は、いつ弾き飛ばされてもおかしくないように見える。ファルマスもさすがに大きな傷は負っていないが、服の所々を切り裂かれ、かすり傷程度はあちこちに生じている。勝負が付くのも時間の問題だと思われたとき……。
「だから、団長さん。話を聞いてよ」
 目映い閃光が二人の間に走り、周囲の森を突き抜けた。両剣士の激しい闘気がぶつかり合う中、異質な気が――ほとばしる魔力が――辺りに満ちた。
 漂う煙、何かが焦げた臭い。
 足元の下草は焼き払われ、その間から顔を出す建物跡の礎石にも、表面に黒い焦げ跡が付いている。
 ヨシュアンは胸元を押さえ、微かに身体をふらつかせた。周囲のものと同じく、彼のマントにも生々しい焼け跡がある。
 彼の様子を見て、ファルマスは呆れるように笑った。
「ほらね。せっかく教えてあげようと思って、《魔法》というのは、と、親切な僕が言いかけていたのに。人の話を途中で邪魔するから……」
 ファルマスの表情から笑みが消える。
「そう、魔法というのはこんなふうに使うんだって」
 狂気の美青年は、剣を手にした右手を高くかかげた。それに呼応し、森の精気がざわめいたように思える。木々が揺れ、風が満ちる。ファルマスの刃に向かって膨大な魔力がそこかしこから集まっている。
「魔法を使う……だと? しかも剣で打ち合いながら、いつの間にか呪文の詠唱を完成させていた。いや、呪文を唱えた気配さえなかった」
 剣を握るヨシュアンの手に、さらに力が加わる。表には現れないにせよ、彼の胸の内には少なからず動揺が走っている。
「ヨシュアン団長は剣一筋だから分からないかもしれないけど、今のは、まぁ、魔道士が一般的に使う……そうだなぁ、要するに普通の炎の魔法。普通っていうのも、変な表現なんだけど。で、これから見せてあげるのが、普通じゃない魔法? この手の魔法を使うことは、魔道士よりもむしろ精霊使いの領分だからね」
 ファルマスが天空に向けて突き上げた剣を、風が取り巻く。最初はそよ風のようであったが、次第に肌を刺すような魔力をみなぎらせ、強まる気流は辺りの草や枯れ葉を舞い上がらせ始めた。
「風の精霊って、何だか僕にちょっと似てる感じがする。相性が結構いいんだよね」
 気楽そうな口調だが、時折、言葉の端々に血も凍るような恐ろしさが漂う。無邪気な残酷さを存分に発揮し、ファルマスは言った。
「ね、口で説明するより実際に見てもらった方が、やっぱり、よく分かるでしょ? 僕は天才《騎士》でもなければ《剣》の天才でもないってさ。ましてや、天才格闘家でもなければ、魔法の天才でもないよ」
 うつむきながら、彼は陰惨な声で付け加える。
「僕は、普通の人より少し物覚えがいいだけ……。何て言うのかな、物事の《コツ》を掴むのが、子供の頃から人一倍早くて。目と頭がちょっと良くできてるのかも」
 その間にも、ファルマスの剣を中心に、二人の周りに物凄い勢いで魔力が集まってくる。姿は見えないにせよ、呼び出された多数の精霊たちが、ファルマスの剣を媒介として現実世界に巨大な力を作用させようとしているのだ。
「どういうわけか僕には、どんなに速い動作もどんな複雑な技も、この目でひと通り把握できちゃうんだ。そして、この頭は、一度でも見聞きしたことは確実に覚えてしまう。それは武術に限らない。例えば一回聴いた曲なら、すぐに弾けるよ。そういえば、さっきも新しい曲を弾いていたせいで、この《決闘》に遅刻しちゃった。あはは、ごめんなさい!」
 ヨシュアンの目に戦慄が走る。修羅場をくぐり抜けてきた練達の剣士であっても、ついに感情の揺らめきが、微かだが明らかに表情に出た。
 ――そうか。ファルマスの《天才》というのは、剣や魔法など、何か特定の事柄に天性の素質を持っているという意味ではない。あらゆる技能や知識を後天的に《習得する能力》に、こいつは異常に優れている!?
「そう、その顔、いいね! やっと分かったみたいだね。でも、僕の能力の本質、ヨシュアン団長は知っちゃった。困ったなぁ。そんな大事なこと、知られたからには……」
 人を食ったような声が、ヨシュアンの脳裏に反響した。
「ごめん、消えてもらっていいよね?」
 何らの罪悪感も、憎悪や敵意の欠片も浮かべないまま、彼は、己の剣に凝縮された魔力を一気に解き放とうとする。

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