HYBRID-FANTASY A L P H E L I O N アルフェリオン

 

 第39話

Copyright (C) 1998-2007. Hayato KAGAMI

 ――そうか。ファルマスの《天才》というのは、剣や魔法など、何か特定の事柄に天性の素質を持っているという意味ではない。あらゆる技能や知識を後天的に《習得する能力》に、こいつは異常に優れている!?

 2.

 突然に行動不能となり、夜空から森に落下していったエクシリオス。地面に激突するかと思われたとき、激しい目まいに襲われるような感覚と共に、グレイルの目の前が真っ暗になった。
 今の一瞬の記憶が欠落している。その直後、彼はどことも分からぬ闇の中にいた。
「ここは? 異世界に飛ばされたとか、そういうとんでもないオチになってないだろうな。しかし、このふわふわした、足元に何も無い感じ……」
 相変わらず呑気なマスターに、フラメアが慌てて突っ込む。
「だから浮いてるんだって! 宙に浮いてる!」
「俺たち、とうとう天国行き? 冗談……。いや、本当に宙を漂ってるぞ」
 我に返ったグレイルは、エクシリオスの機体を通じ、自分の置かれた状況をようやく理解した。アルマ・ヴィオの手足を動かしてみても、周囲に何も触れるものはない。
 一転してフラメアが真面目な口調になる。
「この場所の主は何らかの方法で重力を操っているみたいね。旧世界につながる者なら、そんなの簡単か……。ほら、お出ましだよ、マスター」
 一心同体。何も説明されなくとも、今のグレイルにはフラメアの指示する場所が分かる。彼はエクシリオスの魔法眼の暗視力を上げて確認した。
 下の方に灯りがひとつ。ランタンのようだ。光が揺れる。こちらに向かって何か合図をしているように見えた。それと同時に、徐々に沈んでゆくような感じで、この空間の底に向かって機体が引き寄せられ始める。
「降りてこいってか。拉致まがいの強引なお誘いに続いて、これまた強引な口説き方をするんだな、正体不明のお嬢様たち」
 グレイルの《目》に、女性らしきふたつの影が映っていた。だが、彼の言葉をフラメアがすかさず訂正する。
「マスター、よく見てみ。クロークを羽織っている方は男だよ。でも、あのサラサラの長髪はうらやましい。いや、あれは反則!」
「あ、あぁ。暗くて分かりにくかった。ずいぶん華奢な体型だな。で、あちらは本当に女だが……それにしても背が高い。おまけに頭は小さいときてる。いったい、何頭身あるんだよ」

 ◇

「とにかく暗くて何も見えない。どうにかしてくれ、フラメア」
 手探りでハッチを開け、グレイルがアルマ・ヴィオから降りてくる。
「明かり? 光の玉でも鬼火でも、自分で出せるだろうに。魔道士殿」
「その、何だ、面倒くさい……。そう言わずに頼む」
「やれやれ、フラメア様がいないと何もできないんだから」
 グレイルの声に応え、彼女は姿を現した。いや、実体化の度合いを高めたといった方がよいだろう。少女のかたちを借りたパラディーヴァが、グレイルの背後に浮かんでいる。うねる真っ赤な髪は炎のごとく。揺らめく火焔を思わせる、ひらひらとしたフリルのついた紅色の衣装。
「あいよ、マスター」
 彼女が指をぱちんと鳴らすと、暗闇の一点に火柱が立ちのぼり、周囲の外壁に沿って炎が走る。気がついたときには、見上げるような紅蓮の壁によって辺りは完全に囲まれていた。明かりどころの騒ぎではない。暗黒の広間は、もはや隅々に至るまでその姿を照らし出されたが……。
「あ、熱っ! やり過ぎだろ、殺す気かー!!」
 両手で火の粉を払いつつ、グレイルは足元に迫る猛火を避けて跳び回っている。
「ごめんごめん。長いこと魔法なんて使ってなかったから、調子狂っちゃったよ。かなり加減したつもりだったのに」
 フラメアが指をもう一度鳴らすと、炎の壁はみるみるうちに低くなり、火勢も弱まった。
 落ち着いて見ると、ここは思ったより遥かに広い。アルマ・ヴィオ数体が自由に動き回れるほどだ。しかも頭上に向かっては、天上が見えないほどに高く伸びている。壮大な地下空間を前に、グレイルは今更のように驚嘆している。

 赤いカーテンさながらに、空洞を壁沿いに取り囲む炎。その輝きに照らされ、前方に例の二人の姿が浮かび上がる。その一方、ウーシオンが拍手と共に言った。
「ククク。素晴らしい。あのような巨大な炎の壁を作り出すことさえ、火のパラディーヴァにとっては、まばたきする程度のことらしいですね。それに、私たちは一瞬で炎によって包囲されてしまっている。こちらが少しでも妙なそぶりをみせれば、逃げ場のないまま猛火に焼き尽くされるというわけですか。嫌いじゃないですよ、そういう容赦のなさは……」
 クロークの裾を揺らめかせ、彼は続いてグレイルを見つめる。ウーシオンの薄い水色の瞳が鋭い眼光を帯びると、時折、銀色にもみえた。
 彼の視線に反射したかのように、グレイルの肩や首がぴくりと動いた。身体に不自然に力が入っている。
 ――魔道士? しかも、俺なんかとは比べ物にならないレベルの術者だ。視線を向けられただけでも、突き刺すみたいな力が腹の底まで伝わってくる。
 一見、どこを見ているのか分からないような、無表情でぼんやりとしたウーシオンの眼差し。それでいて、グレイルは心の深層までも見通されている気分になってしまう。
 立ち止まったグレイルの前に、今度は、すらりとした長身の美女が現れた。その背丈もさることながら、まず目に付いたのは、彼女の神秘的な色の髪だった――白銀に淡い青磁色を溶かしたような不思議な色合いの髪は、肩口まで豊かに流れ、そこで外向きに跳ねている。
「非礼をお詫び申し上げます。やむを得ぬ事情があったとはいえ、我らの《御子》をお招きするにはあまりにも不躾な真似をしてしまったことを、どうかお許しください」
 彼女は深々と頭を下げた。そして再び顔を上げると、品の良い微笑を浮かべ、右手をさしのべる。
「私はシディア・デュ・ネペントと申します。《鍵の守人》を束ねるネペント家、その長女です」
 グレイルも妙に改まって握手する。
「ガキのお守り? いや、鍵の……守人って言ったか? 何だそりゃ。ともかく、俺、いや、私はグレイル。その、グレイル・ホリゾードだ。よろしく」
「グレイル様、火のパラディーヴァ・マスター。そして、そちらがパラディーヴァ……。初めて見ました」
 シディアと目の合ったフラメアは、皮肉っぽく告げた。
「フラメアだよ。随分と一方的な招待じゃないか、ネペントのお嬢さんとやら」
「申し訳ありません。広範囲に念信を発して呼びかけては、この場所が帝国軍に探知されてしまいます。交信するあなた方も見つかってしまう可能性がありました。そこでパラディーヴァにだけ直接気づいてもらえるような、ある特定の思念波を送り続けていたのです。しかし、その方法では具体的なメッセージまでは送れませんでした」
「ほぅ。そこにいる悪そうなお兄さんを使って、あたしたちに《電波》をしつこく飛ばしていたのは、そういうわけ」
 傍らで涼しげに聞いている魔道士に向け、フラメアが舌を出すような仕草をした。
「悪そうに見えるなどというのは、とんだ誤解ですよ。私は善良なウーシオン・バルトロメア。《鍵の守人》に所属する魔道士です。よろしく。クククク」
「だから、そのクククっていう笑い声が、いかにも悪者っぽいんだってば……。ねぇ、マスター?」
 グレイルの耳元でフラメアがささやいた。わざわざ言葉にするまでもなく、しかも小声で話すという面倒なことをせずとも、パラディーヴァとマスターは心で語り合うことができるはずなのだが。当のグレイルは、つかみどころのない現状を呆れて傍観しているような様子だ。
 そんな彼に対し、シディアが真剣な表情で訴える。
「グレイル様、急かせてしまって恐縮なのですが、父があなた方にお会いしたいと申しております。一緒に来てくださいませんか? すべてはそこでご説明いたしましょう」

 ◇ ◇

 同じ頃、ガノリス王国のある地方都市にて。市壁の際に始まり、背後の山へと伸びる丘陵の上から、帝国軍に接収された倉庫街が見える。壁のように連なる煉瓦造りの建物。その間を走る通りに、相当大きい人型の影が点々とそびえている。肉眼でも確認できる大きさのそれらは、汎用型のアルマ・ヴィオだ。
 木立に身を潜め、丘の上から帝国軍の様子をつぶさに観察する十数名の人影があった。春とはいえ、寒冷な気候のガノリスでは、夜になると気温は急激に低下する。彼らの服装は、その寒さに十分対応したものとなっている。森の国に似合うダークグリーンの毛織りのコートに、同色の厚手のエクター・ケープ。どことなく烏帽子を思わせる、高く伸びた黒い帽子。この特徴的な服装は、ガノリス王家の近衛隊のものだ。ただし、従来のような華美な装飾部分と、そして階級章は外されている。
 深緑のコートをまとった一群のうち、声を抑えて一人の女が言った。
「冷えてきましたね。ロスクルス様……いや、ロスクルス隊長」
 彼女はそう言ってマフラーを締め直した。赤土を想起させる色の髪は、イリュシオーネの女性にしては珍しく、耳が半分出る程度の短さにまで切り詰められている。こざっぱりとして端正な雰囲気を醸し出しているものの、冷たい夜風の中では寒そうにも感じられる。
 ロスクルスと呼ばれた者――彼女の隣にいる男は、対照的に長い藤色の髪を風になびかせている。精悍な横顔が、雲間に見え隠れする月光に照らし出された。すでに若者という年齢ではなく、30代も後半くらいのようだが、気勢の衰えなど一切感じさせない若々しさだ。
 彼こそ、近衛隊最強の十人の機装騎士《デツァクロン》の一人、レオン・ヴァン・ロスクルスである。帝国軍によって王キが焦土と化し、各地の主要都市や城塞が陥落した現在、事実上崩壊した正規軍に変わり、なおも彼はレジスタンスを組織して抵抗を続けていた。
「そう、冷えてきた。それに見よ、月も厚い雲間に隠される……」
 厳かな口調でロスクルスがつぶやく。感情の匂いの無い、あくまで静かに染み通る、凍てついた夜気を思わせる響き。それでいて、彼の声には圧倒的な力強さがある。
「帝国の者共には、ガノリスの夜の寒さはいささか厳しかろう」
 彼が目を閉じると、長い睫毛がひときわ目立った。切れ長の目を再び開き、彼は射るような眼差しを帝国軍の部隊に向ける。
「去るがよい。そう、貴様たち帝国の兵は、この地に居てはならないのだ」
 ロスクルスは音もなく立ち上がり、背後に姿を消した。風の中に、彼の声だけが残された。
「行くぞ。我らが母なる森の祝福を……」
 彼と同じ言葉が整然と復唱された――《我らが母なる森の祝福を》と。
 丘の木立の背後から、数体の汎用型アルマ・ヴィオが立ち上がる。
 他方、市内に続く道に集まった別の人間の一団もあった。近衛隊とは違う風体の男が先頭に立っている。無精髭が目立つものの、彫りの深い精悍な面構え。使い古しの穴だらけのマントと、縮れた黒髪が風に揺れている。一見、野武士か山賊を思わせる無頼の中年男にして、同業者の間では知らぬ者のない冒険者だ。
「いいな、奪うべき武器と食料の内容は打ち合わせの通りだ。残りの武器・弾薬・食料は、とにかく奴らが二度と利用できないよう、すべて投げ捨てるか焼いてしまえ!」
 そう指図するが早いか、彼は赤茶けたマントを翻し、小銃を手に駆け出す。
「ヨーハン隊長に続け、遅れるな!!」
 残りの者たちも後を追い、夜の闇に紛れていった。

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