HYBRID-FANTASY A L P H E L I O N アルフェリオン

 

 第40話

Copyright (C) 1998-2007. Hayato KAGAMI

 ジーラの問いにしばらく黙っていた艦長は、デミアーノ副長と顔を見合わせ、やがて声を落として語り始める。
「ま、いずれ分かることだ。極秘事項だがよ、一蓮托生の博士には話してもいいだろう。実は、明日に峠を通る輸送部隊の荷には、《あれ》が紛れ込ませてあるってことだ。アルマ・ヴィオ担当ではないにせよ、軍の研究者のあんたなら知ってるだろ? 《パ・シヴァー》のことは」


 4.

「もうすぐ夜が明けますか。周辺の地理に暗いこちらが夜襲を避けたことは、ナッソス家の計算通りといえば計算通りでしょう……」
 今の時刻を確認し、クレヴィスは懐中時計の蓋を閉じた。
 その姿を誇示するかのごとく、ミトーニア市上空に巨大な翼を広げるクレドール。同じくギルドの飛空艦、ラプサーとアクスの姿もあった。もはや同市からの攻撃を受ける恐れはない。
 昨日の夕方、ギルドとミトーニア市との講和会議が開かれ、ミトーニアはギルド側の要求を全面的に受け入れた。同市は武装解除し、議会と国王への忠誠を改めて宣言。同時に、ナッソス家への人的・物的支援すべてを停止したのである。これと引き替えに、条件通り、ミトーニアの自治権は従来通り認められ、市長や参事会をはじめ当局の関係者も責めを問われぬこととなった。
 市街から伸びる幾つもの塔や、街を守る城壁が、夜明け前の闇の中に黒々とそびえている。その堂々とした姿は、遥か高空にあるクレドールの艦橋からでも見て取れる。
「ミトーニアの街、こうして見る限り、ほとんど以前のままですね。良かったです」
 窓辺に身を乗り出すようにして、ルキアンがミトーニアを眺めている。眠そうに目をこすりながらも、彼の表情はいつもより少し嬉しそうだ。
「そりゃ、おめぇが頑張ったからだぜ!」
 分厚い手でいきなり背中を叩かれ、ルキアンは驚いて振り返った。
「……バーン? お、おはよう」
「よぉ、ミトーニアの救世主殿!」
 そこで言葉を飲み込み、豪快にあくびをしたバーン。徹夜同然で任務に当たっていた艦橋のクルーたちから、無言の圧力がかかる。特にセシエルが眉をつり上げてこちらを見ている。
「わ、悪ぃ。あはは。セシー、ま、まぁ、朝からそんな怖い顔すんなって」
 気まずい雰囲気に苦笑いすると、バーンはルキアンに言った。
「正直、すげぇよ。たった独りでミトーニアを戦火から救ったようなもんだ。おまけにあのレーイでさえ苦戦したっていう、ナッソス家の黒い恐竜みてぇなヤツまで倒したんだろ。お前、本当にルキアンなのか?」
「い、いえ、その……。僕じゃなくって、アルフェリオンの性能のおかげですよ。それに、いろんな人が沢山助けてくれたから」
 恥ずかしげにうつむくルキアン。声がだんだん細くなってゆく。
 そんな彼の様子に大げさに頷くと、バーンは大笑いした。いや、再びセシエルに睨まれ、途中で笑い声を落とした。
「今の様子で、やっぱりルキアンだって安心したぜ。アルフェリオンの性能って……それを言っちゃおしまいだが、いや、なに、俺が褒めてるのは、そんな凄いアルマ・ヴィオを自由に操れるっていうお前の腕だよ」
 早朝から独りで元気をふりまくバーンの姿に、クレヴィスは呆れた様子で微笑んでいる。
「バーン。そろそろアトレイオスに乗って待機していないと、メイやベルセアに叱られますよ」
「いやぁ、それがだ。あいつらさ、昨日の戦いでナッソス家の黒いヤツに手も足も出ずにやられちまったせいか、妙におとなしくてよ。まぁ、俺だって、わざわざ馬鹿でかい《攻城刀》を持って出たわりには、結局役立たずだったけどな」
 なぜかクレヴィスは窓の外を見つめながら、意味ありげな調子で答える。
「攻城刀は今日の戦いで必要になります。必ずね……」
 肩をいからせ、大股で艦橋から去って行くバーン。
 苦笑しながらルキアンが彼の背を見送っていると、クレヴィスが、同じく意味深な調子で尋ねてくる。
「ルキアン君。あの《柱》の並び方をみて、ちょっと気になりませんか?」
 ツーポイントの眼鏡の奥から、クレヴィスの鋭い視線が眼下の大地を射た。薄明の中、彼方まで広がる、緑の大海のごとき中央平原――ミトーニア市の郊外に小高い丘がひとつ、ぽつんと取り残されたようにそびえている。
 丘の中腹には、ナッソス家の城があった。昼間であれば、鮮やかなオレンジ色の屋根と白亜の城壁が見事に目に映るはずだ。単なる城壁だというよりも、堅固な建物が壁状に本館の周囲を囲んでいると表現した方が正確であろう。城壁をなす建物には多数の窓があり、そのいくつかには明かりも灯っている。ランディやシソーラとともにルキアンが訪れた城の本館は、城壁の内側にある。いくつかのドーム状の建造物や沢山の尖塔を備えた本館のシルエットは、壮麗であった。
「柱って、あ、あれ……ですか?」
 まだ外は薄暗くてよく見えないため、ルキアンは眼鏡を少しずらしたり目を細めたりして、クレヴィスのいう《柱》をようやく発見した。
「かなり、大きいものですね。城壁よりも高いみたいですけど、1本、2本……4本、ありますか?」
 天を突くような石柱が4本、丘の周囲に立っている。まだ陽は昇っていないとはいえ、柱の質感は多少なりとも把握できる。黒曜石を思わせる、冷たい漆黒の肌だ。
「あれって、何でしょう? 窓も屋根もなく、塔でもないようですし。記念碑にしては大きすぎますし。いや、そういえば、並び方が……乱雑ですね」
「そう。もし4本の柱が何らかの装飾のためのものならば、一定の規則性をもって――例えば丘の四隅に立てられたり、整然と並べたられたりしているのが普通です。それが、位置がまったくバラバラですね。その不規則さがかえって不自然なのですよ。よほど変わった美的センスの持ち主が作ったのなら、話は別ですが」
 首をかしげるルキアンだったが、クレヴィスの次の言葉で何かを理解したようだ。
「冗談はさておき、仮に最も都合の良い場所、あるいは《効果の高い場所》を選んで一本一本立てていった結果、あのような配置になったのだとしら、どうです?」
「そうか、もしかして。大地の《霊脈》ですか!?」
 急にルキアンが珍しく大きな声を出したため、ブリッジの人々の視線が彼に集まる。セシエルは人差し指を立て、形の良い唇に当てている。
「ルキアン君ったら……。でもさすがに魔道士の卵ね」
 幸い、先ほどのバーンの場合とは違い、彼女の目は笑っていた。何事もなかったかのように、セシエルは艦の念信装置に再び意識を集中する。
 慌てて頬を真っ赤に染め、あちこちに頭を下げているルキアン。
 そんな彼の姿をよそに、クレヴィスの声が艦橋に淡々と響いた。
「そう。あの《柱》は、大地を走る霊的な力の流れを見定め、それを吸い上げるために打ち込まれている可能性が高いのです。あの丘自体、地形的にみて自然力の守護を強く受けています。まぁ、気の利いた設計者なら、地霊の加護も計算に入れ、つまり対魔法防御の効果の高い場所を選んで城を立てるのですが」
 窓辺を後にし、席に戻るクレヴィス。カルダイン艦長と目が合う。
「カル、昨晩の会議でも言った通り、うかつには城に近寄れません……。特に空からの接近は危険です。結界を発生させるためのものか、あるいは攻撃兵器、一種の要塞砲か、あの柱の正体が分からない限り」
 無言で肯いた艦長に、クレヴィスは不敵に微笑んだ。
「しかしあれが何であろうと、まぁ、何とかしますがね」

 地平線の向こうから、平原を経て次第に丘の方へと、明けの白い光がいつの間にか達していた。城の丘一帯に展開するナッソス軍の陣容も、次第に露わになる。丘の周囲には水堀や空堀あるいは塹壕が走り、にわか作りとは思えぬ、小規模な城にも比肩する砦が立ち並んでいる。MgSの重砲を備えた砲台も、あちらこちらから敵を狙い打つ構えである。
 やがて登り始めた太陽。
 煌々たる朝日に照らされ、小山のごとき人の影や獣の影が無数に浮かび上がる。敵軍の侵攻を阻むための杭や柵の向こう、温存されていたナッソス軍の主力部隊のアルマ・ヴィオが、整然と配置についているのだ。
 その中に、一段と白く輝く機体が見えた。仮面を思わせる顔は、優美にして怜悧。鋭く切れ込んだ目が赤く光る。装飾であると同時に首の部分を保護するためのものであろうか、後頭部から魔法合金製の曲線的な垂れが幾重にも折り重なり、背中へと伸びている。女性の髪を連想させる造形だった。
 ――ギルドの者たち、どこからでもかかって来なさい。ナッソス家の力を見せてやる。
 その美しきアルマ・ヴィオ、イーヴァを操るエクターが言った。
 ――パリスの命を奪った白銀のアルマ・ヴィオ、私が必ず倒す!
 ナッソス家の勇ましき姫君、戦乙女の化身ことカセリナが、いまルキアンたちの前に立ちはだかるのだった。

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