HYBRID-FANTASY A L P H E L I O N アルフェリオン |
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第42話 |
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Copyright (C) 1998-2008. Hayato KAGAMI |
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城の周囲に立ち、天高く伸びる、例の四本の黒き石柱。そのうちの一本が正面の窓から見える。それに公爵の眼差しが向けられた。 「《盾なるソルミナ》の力がある限り、何者も恐れるに足りぬ」 2. 薄明を切り裂き、陽の光が平原に満ちる。朝の日差しがみるみる強まっていく中、ついにギルド部隊の最前列がナッソスの守備隊と交戦状態に入った。 生身の人間の戦にたとえれば、重騎士群の一糸乱れぬ突撃――通常の機体の上に鋼色に光る魔法合金の追加装甲をまとい、大型のMTシールドとMTランスで武装したギルド側の汎用型アルマ・ヴィオが進撃する。これにより、戦いの幕は切って落とされた。兵力の差を誇示するかの如く、帯状に広がった横列の陣形で、ギルド方は敵陣を飲み込もうと言わんばかりに一斉に迫る。狼や虎を模した陸戦型による「急襲」とは異なり、スピード感はない。だが、巨大な鋼の騎士たちが整然と押し寄せてくる光景は、動きは緩慢ながらも、相対する敵軍に強い圧迫感を与えずにはいないだろう。そして戦慄をも。 中央平原にぽつんと置き忘れられたような丘と、その中腹に立つナッソス城を遠く睥睨するかのように、ギルドの飛空艦3隻は、なおもミトーニアの遥か上空に留まっている。飛空艦クレドールの《目》、《複眼鏡》で戦いの様子を注視するヴェンデイルが、少し声を震わせて言った。興奮か緊張か、なおも声が揺れている。 「敵軍も火炎弾を中心に相当の物量で砲撃してきてるけど、こちらの先鋒隊を止めることはできないようだね。へぇ、なかなか……。お城の近衛隊も顔負けの動きじゃん。さすがは機装騎士崩れの連中ばかり、いや失礼、《エルハイン・ギルド連合》から選抜した精鋭だけのことはある」 軽口を交えるヴェンデイルとは対照的に、今度はセシエルが緊迫した口調で報告する。彼女の方は、味方部隊からの《念信》を受けることによって戦況を把握している。 「先鋒隊《エルハインの冠》の後方に展開している《エストージー・ギルド連合》の部隊から、新たな念信が入ったわ。支援砲撃を続けつつ、黒のA−33の地点まで前進するとのこと」 セシエルの座席の前には、ピアノの鍵盤を思わせる器具が何段にもわたって積み重ねられている。これは、飛空艦に搭載されている大型の念信装置をコントロールするためのものである。飛空艦搭載型の念信装置は、アルマ・ヴィオのそれとは比較にならない性能をもち、多数の異なる相手との念信を同時に行うことに適している。こうして見ている間にも、複数の《回線》を巧みに瞬時に切り替えつつ、セシエルはクレドールの《耳》の役目を粛々と遂行していた。 反面、飛空艦の念信装置を使いこなすためには、念信士としての優れた素質と十分な経験が必要となる。ナッソス領での戦いが始まって以来、昼も夜もなく任務についているセシエル。そう、彼女の代わりを務められるクルーは、ごく限られているのだ。端正な横顔にも疲労の色が蓄積されつつあった。 セシエルを心配そうに一瞥すると、クレヴィスはいつも通り穏やかに答える。「決戦」の最中でも、彼の様子に何ら普段と変わった点は見当たらない。 「了解しました。ただし不用意に前に出すぎぬよう、それでいて先鋒隊を孤立させぬよう、打ち合わせ通りの陣形を維持せよと伝えてください……。まぁ、さすがにエストージーの繰士たち、そんな分かりきった指示など余計なお世話といったところですか」 眼鏡のレンズ越しに、自らの目でも地上の戦場を睨みながら、クレヴィスはつぶやく。 「王国の北方、エストージー地方のギルド連合。かつて私も籍を置いていたことがありましたが、あそこには北の都ノルスハファーンの繰士たちがいますからね。王国第三の都市だけあって人材は豊富、実力も確かです」 今回の戦いには、オーリウム全土のギルドから腕に覚えのあるエクターたちが集まってきている。基本的には各地の支部単位で、あるいは複数支部の連合というかたちで部隊を形成しているようだ。クレドールの艦橋内でも、北から南、都から辺境まで、多数のギルド支部の名前が飛び交う。 「さて……」 何か言いかけたまま、クレヴィスは目を閉じた。 彼の隣に待機しているのはルキアン。相変わらず存在感はなく、黙っていると居るのか居ないのか分からない地味な少年だが――彼の瞳の輝きは、以前とは徐々に変わってきているように見えた。 ルキアンは、昨日のことを思い出していた。《繰士(エクター)》にならないかと、不意にクレヴィスに告げられたときのことを。 ◆ ◇ 昨日の午後、パリスとの激戦に勝利し、クレドールに帰還したルキアン。己の魂がアルフェリオンとの融合を解き、その身に戻った後も、ルキアンは《棺桶》のようなケーラの中に横たわっていた。しばらくして我に返った彼が艦橋に立ち入るや否や、勝利を讃えて駆け寄る仲間たち。嵐のようなその騒ぎが一段落した頃、クルーたちの背後で、クレヴィスがにこやかに微笑んでいた。 「お疲れのところ、申し訳ありませんね」 昼間でもあまり明るいとは言えない艦内の廊下、歩きながらクレヴィスが言った。 ぼんやりした足取りで、ルキアンが後に続く。 「いえ、僕自身は大丈夫……な感じです。今朝、疲れが頂点に達してしまって。それより後は、何ていうのか、もう疲れているのかいないのか、自分でもよく分からなくなっていました」 「そうですか」 クレヴィスは不意に立ち止まる。一息、二息、沈黙が続いた後、彼は思い出したかのように言った。 「先程の戦いで、アルフェリオンの新たな力を引き出したのですね」 《ゼフィロス・モード》です、とルキアンは答えようとする。しかし頭がぼんやりしており、考えたことがすぐに口をついて出てこない。その代わりにクレヴィスの言葉が続いた。 「私が思うに、あなたの心の変化が、力の発動の引き金になったのではありませんか?」 ルキアンは、小さく息を呑み、微妙に驚いたふうな表情でクレヴィスを見た。廊下の壁に掛けられたランプの灯りが、淡い燈色の光となってクレヴィスの眼鏡に映し出されている。レンズの奥ですべてを見通しているかのごとき、微笑みの他には明確な感情を浮かべてはいない、魔道士の表情。彼の問いかけを、ルキアンは気だるげに肯定する。 「それは……。はい」 クレヴィスは再び歩みを始めた。背中で束ねられた彼の金色の髪が、緩やかに揺れつつ、ルキアンの視界の中で次第に遠ざかってゆく。質問を――しかも重要な質問を――投げかけたにもかかわらず、黙って先へ歩いて行くクレヴィス。怪訝に思ってルキアンはさらに告げる。いや、独り言かもしれない。 「あの直前まで、ほとんど意識を失っていて。というより、僕は夢の中に……それとも回想、妄想の中にいたように思います」 ◇ ――おうちに帰りたいよう。 ふと、幼い子供である自分の姿が、ルキアンの意識に再び浮かび上がった。銀髪の小さな男の子が、大木の根元にうずくまり、声を抑えて泣きながら、身を微かに震わせている。 ◇ 前方、クレヴィスは、ひとつの部屋の前で足を止めた。 ルキアンも歩幅を広げて彼のところに近づく。その間、少し甲高いルキアンの声だけが、低い天井に響いては廊下の奥の薄闇に消えていった。 「でも、シェ……いや、シェ……リルさん、の言葉が、僕を引き戻してくれたんです」 ◇ ――ならば、なぜ戦う? そこまでして、なぜ君が戦う必要があるのだ? ――だから僕が戦うことに、決めたんです……。 シェフィーアと交わした念信が、すぐそこで肉声となって響いているかのように、ルキアンには今もはっきりと聞こえる気がした。もちろん、それは妄想に過ぎないにせよ。 ――そうか。そんな大それた考えが出てくるとは思っていなかったが。夢想ばかりしているようでいて、《拓きたい未来》があるのか、君にも。 アルマ・ヴィオを降り、姿を見せたシェフィーアの様子が、ルキアンの脳裏に鮮明に浮かぶ。気品の中にも野性的な魅力をもつ不思議な女性。それでいて、飄々としてつかみどころがなく、冷徹さと無邪気さを併せ持った、得体の知れない機装騎士。澄んだ青い瞳が印象に残っている。 ――この世でただひとつ、君の帰れる場所であった空想の世界。たとえそこが美しい光の園ではなく、どれほど暗い影につつまれていたとしても、虚ろな夢の庭であったとしても……。 ――現実と夢想の狭間で、君の涙は無駄に流れ続けてきたのか? 《拓きたい未来》を夢見ているのなら、ここで《想いの力》を私に見せてみよ、ルキアン・ディ・シーマー、いまだ咲かぬ銀のいばら!! 「内緒だぞ」と、シェフィーアがルキアンの頭に手を置き、銀の髪を軽くかき乱した、あのとき。彼女の手の感触。今もそれが頭の上に残っているように、少年は思った。 ◇ 「ルキアン君……。ルキアン君?」 クレヴィスの声が聞こえた。考えてみれば、先ほども聞こえたような気がするが。廊下に立ったまま、自らの回想の世界に没入していた少年は、クレヴィスの何度目かの呼びかけにようやく気がついた。 「す、すいません!」 ルキアンは慌てて声の方に急いだ。ドアの向こう、春の午後の穏やかな光の差し込む部屋。真ん中に楕円形のテーブルがひとつだけ置かれた、小さな会議室を思わせる様相だ。テーブルに沿って、古びた木製の椅子が並んでいる。赤いクッションと、赤い生地の張られた背もたれ。《赤椅子のサロン》の名の由来となった椅子である。ルキアンの正面、それらのひとつにクレヴィスが座っていた。 |
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