HYBRID-FANTASY A L P H E L I O N アルフェリオン

 

 第42話

Copyright (C) 1998-2008. Hayato KAGAMI

 だが少年のそんな願いは、これから始まる戦いの苛烈さを、この世の不条理を、あまりにも甘く見た夢想にすぎなかった。

  4.

 風走る草の海を見おろし、丘の中腹にそびえ立つナッソス城。
 その威容は中央平原の覇者に相応しく、歴史的にも不落の堅城として名を知られてきた。頑強な城壁には多数の強力な呪文砲が口を開けていた。城の周囲を取り巻き、陣地や砲台が幾重にも築かれている。
 だが、敵陣から絶え間なく降り注ぐ魔法弾を受けながらも、ギルドの陸戦隊はじわじわと進撃を続けていた。ナッソス家の部隊は、地の利と鉄壁の防御施設、さらには入念に練り上げられた――正規軍の参謀たちが見ても感嘆するであろう――布陣を武器に、公爵の指揮の下でよく戦っている。しかし、数ばかりではなく一人ひとりの技量においても勝るギルド側を、さすがのナッソス軍も防ぎきることは難しいようだ。

 クレドールの艦橋。刻々と伝わってくる状況を聞きつつ、カルダイン艦長とクレヴィス副長らも戦いの行方を見守る。
 ブリッジの一段高いところにある席に腰を落ち着け、カルダインはいつものように泰然と構えている。時折、その目がやや大きく見開かれ、主戦場の方をにらむ。もっとも、ミトーニア市の上空高くにあるギルド艦隊からは、肉眼ではナッソス城や敵陣の大まかな構造までは捉えられても、アルマ・ヴィオ同士の闘いまでは視認することなどできない。
「こういう状況になることは、ナッソス家としても予想できたはずですが。正攻法でいかに上手く戦っても、このままでは敵はこちらの部隊にじわじわと押しつぶされるでしょう。まさか援軍など期待してもいないでしょうし。とはいえ……」
 味方の善戦にどこか納得のいかない様子で、クレヴィスは顎に手を当て、首をわずかに傾げた。カルダインが、姿勢を変えずに唸るような声で返事を返した。
「さぁな。ギルドが真正面から《正攻法》で攻めてくるとは、むしろ相手にとっては意外であったか。いや、そんなはずもあるまい」
「そうですね。かつて、ゼファイアの空の海賊カルダインは、寡兵をもってタロスの大軍を相手にしたからこそ、奇襲を駆使する必要があったわけです。でも今や、多勢をもって、しかも有利な状況で敵に向かう場合は……」
 傾げたままの首、クレヴィスの目線が、隣に立っていたルキアンの視線とぶつかる。
「どう見ますか、魔道士として。私の直感では、例の石柱は何らかの《結界》を張るための兵器、あるいは防御用の空間兵器だと見立てました。たぶん旧世界のね。だが、我々の部隊と陸上で白兵戦に入る前に、相手は何らの結界も防壁も作動させませんでした」
 クレヴィスはにっこりと目を細め、微風の囁きの如く、心地よくつぶやいた。
「私の直感は――はずれでしたかね。あるいは、こちらの《方陣収束砲》のような艦砲に対する、奥の手の《盾》なのでしょうか。私の心には、そういうものが、何らかの《盾》のイメージが浮かんだのです」
 何と答えてよいのか分からず、黙って突っ立っているルキアン。
 そのとき、背後からカムレスの野太い声が聞こえた。クレドールが《揚力陣》で重力を制御して浮遊、停止状態にあるため、彼の手は舵輪を握りながらもじっと動かなかった。
「副長、あの黒い石の塔は、対艦用か対アルマ・ヴィオ用の兵器だという見方もないか? いや、アルマ・ヴィオに使うのなら、今の距離ではもう味方の機体も巻き込んでしまう。分からんな。ただの飾りじゃないのか」
「ふふ。飾りだったなら、それはそれで、取り越し苦労で済むじゃありませんか。攻撃兵器という線は確かにあります。だからこそ、こちらの艦隊も城から距離を取っているのですしね。地形からしても、山や森などの遮蔽物のない大平原にある城ですから、私ならあそこに強力な要塞砲を据えておくかもしれません。そうすれば、敵は多大な犠牲を出さすには近づきようがないでしょうね」
 二人のやりとりの後、艦長が言う。
「いずれにしても、方陣収束砲と同様、そう何度も使える兵器ではないようだな。もし回数を気にせず使えるものならば、この決戦で最初から出し惜しみなどしないだろう。最も効果的な一瞬を狙い、こちらの出方をうかがっているのかもしれん。いずれにせよ、敵が動きに出なければ、粛々と攻撃を進めるだけのことだ。が、別の罠がある可能性もある。そのときは……」
 すべてを語らずに再び押し黙ったカルダイン艦長に、クレヴィスは思惑ありげに片目を閉じてみせる。

 ◇

 一方、城の天守の塔から戦場を睨み、指揮を執るナッソス公爵。彼の傍らには、ナッソス家四人衆の現リーダーであるレムロスが付き従っていた。
 公爵は、鷹のような鋭い目つきでミトーニア市を一瞥し、市壁から、市街の所々に立つ塔へと視線を移し、そして上空を見た。雲が少し出てきたせいか、高空にあるギルドの飛空艦の姿は見えなくなっている。
「優勢なときほど戦いは急くなというが、ずいぶん慎重なものだな。おそらく敵艦隊は、この城に対し、自らの大型呪文砲の有効射程すれすれの距離を取っておるのだろう」
「《盾なるソルミナ》の石柱を見ただけで、それが何らかの兵器だと見抜いたのでしょう。さすがは魔道士、クレヴィス・マックスビューラー」
 表情を抑えた固い声で答えるレムロスだが、公爵は不敵な笑みすら浮かべている。
「相手に魔道士が居ることなど予想の範囲内。だが、ソルミナの真の力は、いかに大魔道士の英知をもってしても分かるまい」

 ソルミナは盾。
 そして、盾というのは人に対するもの。
 ゆえに最強の《盾》とは、人の何に対して……。

 謎事のようにつぶやくと、公爵は激戦の続く場に向け、窓の方へと力強く手を差しのべた。
「ふん。それ以前の問題だ。勝ちを望んで慎重になるあまり、隙を見せたな、ギルドのゴロツキどもよ。数を頼みに包囲網を絞り込んでくるつもりだろうが、おかげで横列を不用意に伸ばしすぎ、陣形を薄くしすぎたな。しかも、正面からの戦いでは無敵の重装型も、小回りの悪さや足の遅さが時に致命的となるのだよ……」
 すでに公爵の意を察し、レムロスは胸に手を当てて一礼する。
 公爵は言った。
「敵の重装歩兵隊が《レヴァントス》の砂地まで来たら、手はず通り、攻撃に移らせろ。だが、くれぐれも無理はするなともカセリナに伝えよ!」

 ◇

 その間も、ギルドの重装汎用型アルマ・ヴィオの部隊は、応戦するナッソス軍のアルマ・ヴィオの戦列を長大な横列隊形で圧迫し、陣地ごと包囲し尽くそうと進んで行く。
 王キエルハインのギルド連合からの先鋒隊《エルハインの冠》と並んで、先頭に立っているのは、北の大キノルスハファーンを中心とするエストージー地方のギルドから選び抜かれた手練れたちである。彼らの乗機にしても、ギルドの技術者によって十分に整備され、魔法合金のプレートアーマーに身を固めた最新の重装アルマ・ヴィオばかり。旧世界の技術も知りうる限り取り入れているのであろう、白銀や鉄(くろがね)の色に輝く装甲に対しては、通常の魔法弾など無力に近い。
 ――どうしたどうした、ナッソス家といってもこの程度か。我ら《氷雪の鉄騎隊》は、ノルスハファーン・ギルド最強!
 黒塗りの甲冑をまとい、雄牛のごとき二本の角を持った兜を被ったアルマ・ヴィオ。それを操るエクターが、勝ち誇って心の声で叫んだ。そこにナッソス家のティグラーが飛び掛かるが、二本角の《騎士》は、手にした巨大な槍で吹き飛ばすようになぎ払った。
 ――敵陣突破だ、続け!
 彼の機体の後、同じく槍を持った重装型が十数体、一斉になだれ込む。
 その迫力に押され、正面からぶつかっても到底勝ち目がないとみたのか、その場にいたナッソス家のアルマ・ヴィオたちは、慌てて背後に退く。
 堅牢な守備を維持してきたナッソス陣にも、これで亀裂が入る。そう思われたとき……。

 大地を揺るがせ、山の如き体躯をもって突き進むギルドの機体が、がらりと開けた砂地に踏み行った途端。
 爆発が――いや、爆発ではない。竜巻さながらに砂煙を巻き上げ、地面に亀裂が。表土が地底に吸い込まれていくように、一瞬にして陥没が生じた。ギルド側のアルマ・ヴィオは足元をすくわれ、機体のバランスを崩す。素早い動きのできない重装型は、いとも簡単に倒れ、今度はそこからなかなか姿勢を元に戻せない。その超重量が災いし、地面に出来たすり鉢状の巨大な穴に飲み込まれそうになっている。
 ――何だ、これは!? 足元が、姿勢が制御できない。
 ――こちらもだ。落とし穴か?
 最初の一箇所だけではない。砂地のあちこちに大穴が口を開け始めた。
 事の真相に気づいたギルド側のエクターの1人が、慌てて念信で伝えている。
 ――落とし穴じゃねぇぞ、これは……。昆虫型重アルマ・ヴィオ、《レヴァントス》!
 その念信を最後に、彼の声は途絶えた。すり鉢状の大穴の底からハサミのような角が二本、出し抜けに現れ、彼の乗っていた汎用型の機体がその餌食となり、首を引きちぎられたのだ。
 恐るべき二つの凶器は、再び地中に姿を消した。
 レヴァントス。アリジゴクを模したと言われる重アルマ・ヴィオだ。地底を自在に掘り進むことができる能力と、重アルマ・ヴィオ特有のパワー、ギルドの重装汎用型以上に分厚い装甲を持つ。このような局地の防衛戦に向いた機体である。
 ――レヴァントス? そんな珍しい機体、しかも、複数だと!?
 ギルドの繰士は、ここにきて初めて、王国有数の資産を持つナッソス家の軍備に驚愕する。だが、さすがに戦い慣れたエクターたちだった。相手がレヴァントスだと分かってしまえば、いかに強力な敵でも対処の方法はある。
 数体の犠牲は出たが、まだまだ――そう思ったとき、側面から新手の敵が攻撃を仕掛けてきたのだ。先程までの戦いの間に忍び寄っていたらしい。しかも部隊全体が、整然と、疾風さながらに迫ってくる。
 何かが目の前を横切った。それをギルドの繰士が見たとき、すでに彼の機体をMTレイピアが貫いていた。装甲の隙間を巧みに狙った刹那の突き。こんなことができる繰士は、ナッソス家の中でも、ただ一人しかいない。

 再び地上を風が吹き抜けた。そしてまたひとつ、さらにひとつ。
 たちまち、ギルドのアルマ・ヴィオの残骸の山が築かれた。
 流れる髪にも似た造形。その下の無表情な仮面に、赤く光る二つの目。美しくも鬼気迫る顔つきは、どこか般若をも思わせる。
 再びその機体が動いた。いや、一瞬で姿が消えた。ギルド側の重装型に比べ、そのアルマ・ヴィオの全高は一回り低く、幅は華奢とも言えるほど細身だった。だが速い。それは、大男の騎士たちを小柄な少女が楽々と倒していくような光景だ。
 ――ちょこまかと動きやがって!
 魔法合金の実体を光の槍先が覆う強化型のMTランスが、鋭く繰り出される。だが、そのアルマ・ヴィオは槍よりも速かった。
 ――そんな鈍い攻撃など、この《イーヴァ》に当たりはしない。
 凛とした娘の声。
 ギルドの繰士の攻撃は、鈍いどころか練達の機装騎士にすら避けがたいほどのスピードを誇っていた。だが、その槍先はすべて見切られている。
 ――もっとも、当たったところで、イーヴァに傷ひとつ付けることはできないわ。
 少女の心の声は、美しいが取り澄ました響きでギルドのエクターに伝わる。
 ――おのれ! まさか、ナッソスの《戦乙女》、カセリナ姫……。
 MTランスが突き出された。機体をひねってかわすかと思いきや、赤紫と白の美しいアルマ・ヴィオは、正面にそのまま立っていた。
 ――やったか!?
 だが、手応えはなかった。信じ難い眺めが一瞬だけ見えた。MTランスの上にアルマ・ヴィオが爪先で乗っているのだ。次の瞬間、背後に飛び去りつつ、イーヴァは敵の機体を撃破した。
 ――ギルドの重装歩兵隊の列を寸断します! ケヴィンの隊は私に続きなさい。三の隊形で! そしてドミーの隊は一の隊形で打ち合わせ通りに。続いて、エリオの隊は……。
 カセリナは瞬時に状況を読み、適切な配置を指示したかと思うと、先頭に立って突き進む。彼女に付き従う部隊は、陸戦型ティグラーの改良版であるティグラーUが中心だ。しかし、俊敏な鋼の猛虎も、イーヴァの速さには遠く及ばない。
 ――ザックスも私と一緒に来てくれるわね。
 彼女は澄んだ冷たい声でつぶやく。
 ――パリスの仇を、《白銀のアルマ・ヴィオ》は必ず倒しましょう。
 ナッソス四人衆に復帰した、あのザックス、シャノンとトビーの父が答える。
 ――無論です。この命に代えてもお嬢様をお守りいたします。
 イーヴァに勝るとも劣らない速さで影が飛んだ。レーイのカヴァリアンとさえ互角の戦いを繰り広げた、黒き疾風の竜《レプトリア》である。

 恐るべき二人の敵が、決戦の場についに姿を現した。
 しかも、ナッソス家には四人衆のうち二人がまだ残っているのだ。《古き戦の民》の若き勇者ムート、彼の愛機である曲刀の重騎士ギャラハルド。そして四人衆の長レムロス・ディ・ハーデンは、実力も機体も秘めたまま、ナッソス公爵の側で命を待っているのだった。

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