HYBRID-FANTASY A L P H E L I O N アルフェリオン

 

 第42話

Copyright (C) 1998-2008. Hayato KAGAMI

 彼女は澄んだ冷たい声でつぶやく。
 ――パリスの仇を、《白銀のアルマ・ヴィオ》は必ず倒しましょう。


  5.

「昆虫型重アルマ・ヴィオ、《レヴァントス》ですか。私も実物を見るのは初めてですよ。しかし、あんな古典的トラップとして使うなどとは、さすがのナッソス公爵もアルマ・ヴィオに関しては素人のようですね」
 クレヴィスの眼鏡のレンズが、彼の内心の読みを映し出すかの如く光った。
「極端に足の遅い陸戦型重アルマ・ヴィオは、後々のことまで考えて配置しないと、戦況に取り残されたまま、《死に駒》で終わってしまうものです。それでも戦い慣れていないエクターに対しては、あの圧倒的な存在感だけでもって、恐怖とプレッシャーを与えられるでしょうが……。我々ギルドの精鋭部隊にとっては、陸戦型重アルマ・ヴィオなど、下手に相手にせずに放っておけば大した敵ではありません。それではカル、予定通り、次の段階に移りますか」
 クレヴィス副長の言葉に対し、カルダイン艦長は苦笑混じりに答える。おそらく煙草を探しているのだろうか、艦長は懐を片手で探っている。
「頼む。しかし、先日のレプトリアといい、ディノプトラスといい、そして今度はアリジゴクのお出ましか。趣味の悪い博物館のようだ。金持ちのやることというのは分からんな」
 クレヴィスは溜息をついたかと思うと、一転、空気を切り裂くような、小さくとも鋭い声でヴェンデイルに指示する。
「では、ヴェン、他の機体は少々見逃しても構いませんから、《イーヴァ》と《レプトリア》を決して見失わないよう、追い続けてください」
「了解。相変わらず、とんでもない速さだな。おまけに雲も出てきたし、正直、追い切れるかどうかは五分ってとこだけど。できないとは言えない状況ってか」
 さすがのヴェンデイルでさえ、肩に力が入らざるを得ない。そんな自分に気合いを入れ直すように、彼は頬を両手で軽く叩いた。
 艦橋からナッソス城付近の戦場を睨みつつ、クレヴィスは心の中でつぶやく。
――いかなる戦略も、《計算外の災厄》によって一瞬に覆されてしまうことがあります。そして、我々の想像を超える能力を秘めた旧世界のアルマ・ヴィオは、そういった《災厄》の最たるもの……。ちょうど、ミトーニアを手中に収めかかっていたナッソス家の作戦が、ルキアン君とアルフェリオンによって水泡に帰したように」
 なおもイーヴァとレプトリアがギルドの戦列を突き崩してゆく様子を、ヴェンデイルが必死に伝えている。それにもかかわらず、クレヴィスの表情には、むしろ先ほどよりも余裕が浮かんでいるようにみえた。
「そういう意味では、狙い通り、相手の切り札の何枚かを現時点で使わせることができました。しかし、こちらの被害も予想より大きい。ナッソス家の戦乙女とレプトリア、さすがに侮れませんね。後は、あてにしていますよ、レーイ・ヴァルハート……」
 クレヴィスの言葉を受け、カルダイン艦長も、地上の部隊に新たな命令を出す。
「よし、先鋒隊に《後退》を指示!」

 ◇

 ――敵のアルマ・ヴィオが退却してゆく?
 カセリナは状況の変化に気づいた。彼女たちの獅子奮迅の活躍により、ギルドの先鋒隊もひとまず体勢を立て直そうとしているのだろうか。
 MTレイピアを構えるイーヴァの目が、赤く光った。
 ――しかもギルドの戦列の中央部が手薄。いま突撃すれば、敵軍を分断できる。そのまま突破して背後に回り、城の本陣の部隊を出してギルドを挟み撃ちに……。
 カセリナの脳裏に鮮明なヴィジョンが浮かんだ。
 ――この機を逃すわけにはいかない。
 ギルドの前衛をなす重装汎用型の群れは、素早い後退ができず、従来よりも密集して盾を構えながら、無様にのろのろと退いている。
 ――皆の者、一気に追撃する! 狙うは敵陣の中央、私に続け!!
 そう言うが早いか、カセリナのイーヴァの姿が砂煙に消えた。配下のアルマ・ヴィオ、ティグラーUの群れも彼女を見失うまいと疾駆する。
 ――お嬢様?
 即断すべきでないと進言しようとしたザックスであったが、カセリナの瞬時の判断に、言い出す間を失ってしまったらしい。みるみる最後尾に置き去りになったレプトリアも、一瞬で姿を消し、黒い風となってイーヴァの傍らに飛び去った。

 ◇

「メイ、バーン、ラピオ・アヴィスとアトレイオス、出撃してください。例の《黒い石柱》を確実に破壊すること。他の敵に目をくれる必要はありません」
 クレドールのブリッジでは、クレヴィス副長が矢継ぎ早に指示を告げる。それをセシエルが次々と《念信》で伝え始めた。
「サモンのファノミウルは、ラピオ・アヴィスとアトレイオスを護衛し、アトレイオスの降下を支援。おそらく敵はディノプトラスを防空用に出してくるでしょう。他にもまだ切り札を持っているかもしれません。プレアーの方にも、気をつけてやってください」

 ◇

 ミトーニア上空に停止していたギルド艦隊のうち、飛空艦ラプサーだけが静かに動き始めた。艦橋では、副長のシソーラ・ラ・フェインが、相変わらず艦長よりも大きい態度で仕切っている。
「仮に敵が射程の長い対艦砲を持っているとすれば、そろそろ、その間合いに入ってもおかしくないわね。操舵長、いつでも回避できる態勢をお願い。カインのMgS・ドラグーンが届く距離以上に、不用意に城に近づいちゃだめ。対魔法結界は最強度に展開! しばらく艦砲や対物結界が使いにくくなっても構わないから」
 赤毛に金色のリボンを揺らしながら、シソーラは眼鏡の奥でにやりと笑う。彼女は念信士と思われる男の頭をぽんと叩き、タロスなまりの強いオーリウム語で言った。
「カインのハンティング・レクサーを甲板へ。プレアーのフルファーには、出撃のタイミングを任せると伝えて」
 一瞬、シソーラはノックス艦長の方を真剣な眼差しで見つめる。そして、彼にも聞こえるようにわざとらしく吹き出した。
「こらこら、そんな顔するんじゃないの、艦長殿! レーイがいなくても、プレアーは一人できちんとやってくれるわよ。信じましょ」
 金色のオールバックの頭を抱えながら、ノックスは真面目くさって答える
「いや、その、すまない。あぁ、カインがしっかり守ってくれる。いかにこの距離でも、弾さえ届きさえすれば、あいつは決して的を外さない。大事な妹のことなら、なおさらだろう」

 ◇

 相変わらずルキアンは、クレヴィスの隣で待機していた。こうしている間にも、イーヴァによる甚大な被害を伝える艦橋内の会話が、ルキアンの耳にも立て続けに入ってくる。
 自分でも何と表現してよいのか分からない気持ち。戸惑いと、嘆きと、悲しみと、いや、そういった類型的な心情には分類できないような、混沌とした思いが少年の心を埋め尽くしている。
 ――カセリナが、カセリナが、戦って、い、る……。嘘、でしょ。これは何かの間違いだよね。そんな、カセリナが……。
 先日、日頃は穏やかなクレヴィスが鬼神の如く戦う様子を目にしたとき、ルキアンは衝撃を受けた。それとはまた違った意味で、ルキアンは今、カセリナの戦いに驚きを隠せない。
 荒れ狂う嵐のように、あるいは猛獣のように、ギルドのアルマ・ヴィオを倒してゆく――いや、敢えて言えば、中に居るエクターも含めて《殺戮》してゆく――カセリナの超越的な強さと無慈悲なまでの戦いぶり。それが本当にあのカセリナによるものであるのかと、ルキアンにはいまだに信じられなかった。否、目の前の現実を知れば知るほど、ますます信じられなくなり、逆にその現実が幻ではないかという思いが強まるだけであった。
 ――あんなに優しくて愛らしい笑顔だったカセリナが、なぜ?
 ルキアンは初めての出逢いを思い起こし、空しく反芻する。

 ◆

 「あ、読まないで! こ、困る……困ります!!」
  真っ赤になったルキアンは、こわばっている舌を必死に動かす。
  恥じ入る彼を尻目に、カセリナは、ルキアンのか細い文字を辿っている。
  愛らしい桜色の唇が、微かに弛んだような気がした。
  カセリナはペンを取り出し、同じページに何やら書き付けている。
  彼女はルキアンに向かって手帳を差し出した。
  生真面目に澄んだ少女の瞳が、今までの清冽さを和らげ、心なしか無邪気に光る。
 「はい、どうぞ。それで、あなたのお名前は?」

  赤く染まった頬の熱さすら忘れ、彼は返された手帳を見る。

    降りそそぐ春の光の中で、
    闇に慣れ過ぎた この目をかばいながら、
    僕は戸惑い、力無く震えている。

  今しがたルキアンが書きかけて、途中で終わっていた詩である。
  白紙のままだったはずの続きの部分に、別の筆跡が優美に並んでいた。

    それでも僕は、やがて歩き出すよ。
    心の底に打ち捨てられていた 翼の欠片を拾い集めて、
    優しく抱きしめてあげられる日が、もうすぐ来るから。

 ◆

 ブリッジに漂う張り詰めた空気が、ルキアンを回想から現実に引き戻す。
 ルキアンは、呆然と、ただ単純に問うた。

 ――ねぇ、カセリナ。君は……。
 ――なぜ君は戦うの?
 ――なぜ君は人を殺すの? なぜ、君に人が殺せるの?

 返事などあるはずはない。
 相手に向けられていない、相手を無視した問いかけは、ルキアンを再び妄想の世界に引き込んだ。
「嘘、だよね。君が人なんか殺すわけないよね……」
 ルキアンの心が目の前の現実から離れた反面、彼の声は現に口に出された。
 その震える声を聞きつけ、クレヴィスが彼を見た。
 なおもルキアンは、壊れた玩具のように、緩んだ口元から問いを垂れ流し続けた。
「ねぇ、カセリナ、君じゃないよね。そうだと言ってよ」
 黙って見つめていたクレヴィス。なぜか彼の目からは、いつもの笑みが消えている。そして何も言わずに、彼は再び正面に視線を向けるのだった。
「君が人を殺す。そして君も殺されるかもしれない。そんなの、そんなの嘘だよね」
 ルキアンの言葉だけが空しく漂う。
 次第に問いかけの声も小さくなって、やがて沈黙した。

 届かない思い。届かない言葉。

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