BUG43号 第1版 2008.12.5
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河野さつき |
昨年の春、小中学校の時の友達から同窓会の案内状が来ました。今年の5月3日に13年ぶりの小学校の同窓会をやるというものでした。当日、父に車で送っていってもらってその場所まで車
イスで行ってみて、びっくり。何と会場は2階のレストランだったのです。どうしようと思っていると友達が5、6人下りてきて2階のレストランまで私を車イスごと上げてくれました。2階まで上げてもらっている間、小学生の頃もみんなに車イスを上げてもらっていたことを思い出していました。 私は健常者と同じようにあたりまえに保育園から大学まで行きました。私の両親は自分たちが子ども時代に経験したことを子ども達にも経験させたいと願い、同じ障害を持つ子ども達を集めたクラスでは子ども達同士の助け合いは生まれにくく、みんな先生の方を向く可能性があるが障害を持たない子ども達の中では子ども達のつながりが生まれる可能性があるという期待から私を障害を持たない子ども達の中で育てたいと考えていたのです。私も姉と一緒の小学校へ行きたいと思っていました。しかし地域の小学校へは教育委員会と学校側の反対でなかなかすんなりとは入れませんでした。養護学校の小学部(今の支援学校)を勧められましたが、親が何度も何度も掛け合った結果、学校に親が付き添そうことを条件に地域の小学校に入ることができました。 私が小学生の頃、私の家が子どもの溜まり場になっていて毎日誰かが遊びに来ていました。学校では友達が移動する時に車イスを持ち上げてくれたり、私ができないところは助けてくれたりしました。もちろんけんかもよくしました。中学生の頃は色々と辛い経験もしましたがその時も助けてくれる友達もいて、その時々で折り合いをつけながら学校生活を何とか過ごすことができました。そして高校受験で私はある高校を受験しましたが、結果は不合格。 私は初め学力不足で落ちたんだろうと思っていましたが、実は私の障害を理由に不合格になったと知って、まだ差別が根深く残っているという現実を知りました。 ![]() また参加したいです。 |